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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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 そこに立つ彼の姿は影だった。横にいる渚が驚いて後退った。ヒトのシルエットに白い仮面。
「目的はと尋ねたね。究極的には存在の維持。そのために必要なのが自分の住む世界。記憶が曖昧ですまないけど、たしか?弾かれたモノ?が住むために創られた疑似世界の話はしたかな?」
 どこまでが夢か現実か、その境は難しいけれど、彼がその話をした気でいるなら、きっとしているんだろう。
「それで?」
 と僕は話を促す。
「疑似世界のメンテナンスをできる者がいなくてね。疑似世界を創った偉大な魔導士はとうの昔に死んでいるし、このままだとあの世界は崩壊してしまう。?弾かれたモノ?の多くが住む世界を失って消えてしまうだろう」
 なるほど、すぐに理解できた。
「けれど、ファントムとしての僕の力が役立つかはわからないよ」
 彼は僕の力が必要なんだ。
「話の呑み込みが早くて助かるよ。記憶障害のせいで説明が苦手でね。君が持つ世界を創造する力で疑似世界のメンテナンスをして欲しい」
 僕は自分の能力に気づいている。
 世界は想いによって創られる。多くの人々の想いが集まり世界を創ることができる。ひとりの想いだけでは世界という大きな存在を維持することはできない。世界を創る能力はだれもに当たられた能力なんだ。
 けれど、通常それには素材というべきか、土台というべきか、それともツールというべきか、個々に与えられた世界を元にして、その世界に主人公がカスタマイズしていく。だから正確には創る能力ではなく、カスタマイズする能力と言ったほうがいいかもしれない。
 僕の能力はそれを発展させた感じなのだろう。
 ただし問題は……。
「ボクの創れる世界は悪夢かもしれないよ?」
 この世界にアスカはいない。
 僕の世界にはアスカがいる。
 けれど、何度やって、何度繰り返して、何度何度何度も、話を書き換えているのに、アスカはいなくなる。
 僕の世界よりも、世界の正史のほうが強い。
「引きこもっていたボクを外の世界に出してくれてありがとう」
 僕は渚に頭を下げた。
 自分の世界に閉じこもるのはもうやめにしよう。やるべきことが見つかった。
 世界たちの中心にあると仮定される真世界そのものを改変する。
 もしくは僕の世界がすべての世界を呑み込む。
 今、僕の世界は僕の心の中だけに存在する。
 世界を喰らう。
 1つずつ世界を喰らっていくうちに、真世界にそのうち行き着くだろう。
「残念だけど協力できない」
 そう僕が答えることも予測されていたのだろう。すぐに敵意が返ってきた。
「世界を創れるものは、世界の脅威でもある」
 影山彪斗のシルエットが僕に襲い掛かってきた。
 だれかが叫ぶ。
「やめて!」
 渚だ。
 渚は無力だ。見ていることしかできない。いつも僕を見ているだけだ。
 ……薔薇の香り?
 またか。
 僕と影山彪斗の間の地面を薔薇の鞭が大きく跳ねた。動きを止める影山彪斗。僕はその鞭の先を見た。
 ――鳴海愛。
 今日はローズじゃないのか。
「涼!」
 叫んだのは渚だ。
 僕はファントム・メアではなく春日涼だった。
 お互いの想いが結びつき、ファントムではなく本当の姿を維持することが自然にできるのだろう。
 椎凪渚、鳴海愛、そして僕。今この場で3人が世界を創り出し共有している。
 巨大な薔薇の花びらが渚の全身を覆い隠す。
「なにするの愛ちゃん!?」
 ローズの白い仮面はなにも答えなかった。
 渚は薔薇の花びらと共にこの世界から?弾かれた?のだ。
 残されたローズの顔は白い仮面となり、おそらく僕も同じようになっているハズだ。
 ファントムが3人か。
 影山彪斗がローズに顔を向ける。
「君がウワサの薔薇か。君と敵対したつもりはないが、なぜ春日涼を助けるようなマネをしたんだい?」
「…………」
 ローズは影山彪斗を見向きもせず僕に襲い掛かってきた。
 いつから僕らは敵になってしまったんだろう?
 僕の足下から噴きだした闇がローズの目を晦ます。はずだったけど、薔薇の鞭は闇を突き抜け僕に向かってきた。
 茨は僕の心臓を貫いた。
 血は出ない。
 なぜなら僕の胸は空洞だったからだ。
 しかし、薔薇の棘は痛みを伴う。
「泣いているのファントム・ローズ?」
 僕は白い仮面に尋ねた。
 相手は無機質な仮面で表情なんてなかった。
「私はあの日、君が煙の出る椎名アスカの家から駆け出てくるのを見ていた。しかし、私はだれにもなにも言わなかった。本当はどうすればよかったのだろうか?」
「さあね、それは君の世界の話だからボクには関係ない」
 二人で話していると影山彪斗が僕に仕掛けようとしているのが視界の端に映った。
 僕は手を出さなかった。
 地面を這う茨が影山彪斗の足首に巻き付き、そのまま投げるようにして、この世界から?弾き?飛ばした。強制退場だ。ローズも涼しい顔してなかなかやる。
 僕の体から這い出した闇が鞭のようになりローズを襲う。対抗して薔薇の鞭が飛んできた。
 薔薇の匂いが立ち籠める。
 どうして僕らは戦っているのだろうか?
 敵対する理由なんてなかったハズなのに……。
 気づいたら僕らは学校の屋上にいた。
 空が近い。
 よく僕はこの場所で時間を潰していた。空ばかり眺めて。
 ハッとするように僕は思い出した。なぜ今まで忘れていたんだろう。
「ここが僕らの共通の場所か」
 この場所には僕以外の常連がいた。長い黒髪の少女。彼女は壁際の小陰でよく読書をしていた。
「私は君を救えなかった」
 鳴海愛が言った。
「なにから?」
 尋ねた瞬間に吐き気がした。またこれだ。僕が僕自身にロックをかけている。
 事実。
 僕は平凡な家庭で生まれ育ってなんかいない。
 両親は自殺。
 義父に暴力を振るわれることで、僕は心を閉ざす方法を知った。
 唯一僕が心を開いていたのは幼なじみの椎名アスカ。
 そのアスカを……焼き殺したのは僕だ。
 それからの僕の物語は嘘で塗り固められた。
 鳴海愛は黙っている。
「…………」
「鳴海は僕が自ら封印した僕の記憶を知ってるんだろう?」
「君はこの場所で空ばかりを眺めていた」
「いつか空を飛べるんじゃないかってね」
 そして、あの日……僕は空を飛んだ。
 こうやって両手を広げ、フェンスの上から風に身を任せ。
 空が真っ赤に燃えている。
 風に吹かれる少女の髪。
 僕が最後に見たのは彼女だったのか。
 手を伸されたけど、つかむ気なんてまったく起こらなかった。
 空が高くなっていく。
 急な衝撃に僕の体が見舞われた。
 空中で宙吊りにされた僕の体。
「なんで助けたの?」
 僕の体に巻き付く茨。その茎からは棘が生え、僕の体に深く突き刺さっていた。
「あのとき助けられなかったから」
「ここで助けても過去は変わらないよ」
「そうだな……」
 空から落ちてきた涙が僕の頬に当たった。
 フェンスから身を乗り出す鳴海愛の手は茨を力強く握り締め、そこから血が滴っていた。
 助からなかった僕はどうなったのだろうか?
「僕の本体はどこにある?」
「今も病院で寝ている。ずっと目を覚まさない」
「なるほどね」
 全部夢幻か。