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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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ワールド「Cace1 胎内」


 胎内は暗かった。
 無限とも夢幻ともつかぬ世界。
 生まれる前の記憶が忘却していく。
 転生とはそういうものだ。
 そして、僕は己の貌[カオ]を忘れた。
 悪夢は覚めない。
 瞳を開ければ、そこに広がるのは虚無。
 日常。
 人々はなにも知らず、なにも疑わず、この世界が永遠だと思っている。
「まるでシャボン玉のようだとは思わないかい?」
 尋ねた視線の先には白い仮面がいた。
 まるで鏡を見ているようだ――ファントム・ローズ。
 なぜ哀しげな貌をするのだろうか?
 なにも答えず、白い仮面は無機質に僕を見ている。
 無機質だ。
 そう思えば、その仮面はそう見える。
「幻実空間[ファントム・リアリティ・スペース]か……」
 僕は知ってる。
 ファントム・ローズが何者か。
 しかし、今は、仮面は白い。
 白く無機質な仮面。
 だから僕は呼ぶ。
「ファントム・ローズ」
 ――と。
 そして、僕はこう呼ばれる。
「ファントム・メア」
 男とも女ともつかない声。
 はじめて出会ったときもそうだった。
 僕は知っている。
 ファントム・ローズが何者か。
 しかし、今は、仮面は白くなくてはならない。
 ?弾かれた者?と僕らは呼ばれる。自分の世界を持たず、行く当てもなく他人の世界を彷徨う。ひとたび気を抜けば無へ還る。
 ゆえに僕らは貌を持たず、声を持たず、白い仮面として存在している。
 しかし、特定の型を持っていない僕らは、夢幻の可能性を持っているとも言える。
 僕は創造主となる。
「君が止めても僕の気持ちは変わらない。自然の摂理も世界が1つになることを望んでる。なのになぜ君はそれに諍い、僕の邪魔をするんだ?」
「守りたい世界に住むひとがいる」
 声を響かせたファントム・ローズの周りに薔薇の花吹雪が舞った。
 匂い立つ世界を斬るように放たれた薔薇の鞭[ローズ・ウィップ]!
 すべては夢幻。
 しかし、夢も現実もそこにあることには変わらない。この世界はそうやって成り立っている。つまり、あの鞭は本物だ。
 そして、この夢も現実となる。
 僕の躰から黒い霧が噴き出した。
 この闇は混沌だ。
 僕が閉じ込められていたアノ闇も無ではなかった。
 闇色の混沌は、多くのモノが混ざった色だ。閉じ込められた闇には全てがあった。そして、僕がいた。
 世界とは自分なのだ。
 他人もまた世界なのだ。
 世界と世界のせめぎ合い。
 まさにこの瞬間、僕とファントム・ローズの世界が衝突する。
 僕が放出した黒い霧は無数の鉤爪となり、鷲が獲物を捕らえるようにファントム・ローズに襲い掛かる。
 世界を包む芳潤な薔薇の香り。
 しかし、勝つのは僕だ。

 時間とはなにか?
 果たして現実の時間は戻ることができるのか?
 僕にはやり直したいことがたくさんある。
 今置かれている現実をなかったことにしたい。
 そして、アスカを救いたい。
 現実の時間は戻せなくても、過去は語ることができる。
 ここまで僕は事件の発端から順番に語ってきた。生徒たちの失踪事件、〈クラブ・ダブルB〉や〈ミラーズ〉、そして、ファントムローズ。数多くの登場人物が世界を構築して、物事は急速に進み、弾かれた僕は最終的に闇に閉じ込められた。
 この闇の中で、無限とも思える世界で、僕は何度も過去を振り返った。主観こそあれど、過去は変えられない。
 変えることができないのなら、創ればいい。
 世界とは、ひとりひとりに与えられているモノだ。僕は自分自身の世界を失ってしまったけれど、それならはじめから創ればいいじゃないか。
 夢幻の世界。
 僕の世界を一から創造する。

 僕の名前は春日涼。僕が生まれた夏の日がやけに寒かったからそんな名前が付いたと聞かされている。
 僕は私立六道学園高等部に通う二年生で、クラスでは平凡に過ごしてきたと思う。髪は染めてないから黒で、身長は一七四センチ、自分ではどこにでもいるような男だと思っているけど、人から見たら僕はどう映るんだろう?
 そんな僕にも彼女がいる。同じクラスの椎名アスカ。付き合いだしたのが中三の二学期だったから、付き合って二年になる。
 僕らはいつものように歩いて学校から帰宅していた。
「あのさ、また、誰かいなくなったんだって」
 横を歩くアスカを僕は不安な表情で見つめた。
「また、なんだ……怖いよね。わたしは涼がいなくなっちゃったらって考えると怖くて……」
 同じ気持ちだった。僕も彼女がいなくなるのが怖い。
 たとえ、今僕の目の前にいるアスカが、真っ白な仮面をつけたのっぺらぼうのような存在だったとしても。まやかしだろうと、もう失うことには耐えられない。
 世界にアスカはもういない。アスカの本体ともいうべき存在だ。けれど、それぞれの世界たちにはアスカの欠片がある。
 その欠片は世界の主人公の主観が混ざっているため、純粋とはいえないものだし、そもそもその世界にもアスカという存在はなかったことにされている。
 たとえ存在がなかったことにされていても、その痕跡を100パーセント消すことはできない。
 欠片を見つけ出し、多くの欠片を集めることで、平均化されたアスカを取り戻すことができる。
 ここは夢幻の世界ファントム。
 二人で学園に近くの曲がり角を曲がると、そこにカメラマンとリポーターが待ち構えていた。すべてのはじまり〈クラブ・ダブルB〉の事件だ。
 リポーターが僕らのほうへ近づいてきた。
「少し、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「話したところで、あなたたちには理解できないことです」
 僕はそう言ってリポーターの頭から足下まで引っ掻いた。するとまるで霧を掴んだような感触がして、雲が消えるように掻き消えてしまった。
 人が消えた。
 しかし、だれも驚かない。
 なぜならそこにリポーターなどはじめから存在しなかったからだ。
 世界が修正された。
 けれど、その修正力は急激な変化にはついていけならしい。
 カメラマンが驚いた顔をして当たりを見回している。
「なんで俺ひとりなんだ?」
 こうやって世界に歪みが起きる。すると、中にはその事実に気づく者や、僕のように?弾
かれたモノ?が生まれるわけだ。
 ちなみに僕が消したリポーターはこの世界のホストじゃない。あくまでこの世界から消えたにすぎない。
「大丈夫?」
 アスカが僕の横顔に声をかけてきた。
「うん、ちょっと考え事」
「事件のこと?」
「まあ……ね」
 このあと前にもしたような会話が繰り広げられ、アスカが〈クラブ・ダブルB〉の話を持ち出す。そして、放課後に事件は起こる。
 学園につくと僕はアスカといっしょに教室には向かわず、体調がちょっと悪いと言い残してある場所に向かうことにした。
 保健室だ。
 足早に廊下を進み、保健室のドアを勢いよく開けた。
「探したぞ、ファントム・ミラー」
 僕の視線の先には白衣を着た女が丸椅子に腰掛けていた。
 元は水鏡紫影という保健室の先生だった。僕にとって彼女はおぼろげな存在だ。だから顔をはっきりと認識できない。おそらく笑っているのだろう。
「お帰りなさいというのは可笑しいかしらね。あなたには帰る場所などないのだから」