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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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「そうじゃないとか、真実だとか言われても、そんなの証明にはならないよ」
「春日と私には共通の記憶がある。それは単なる記憶というわけではない。春日と私は〈クラブ・ダブルB〉の事件を追っていた」
「ちょっと待って……それは……」
 追っていたって?
 僕は〈クラブ・ダブルB〉って単語は出しても、その詳細を話した覚えはない。
 そして、鳴海は静かに言う。
「〈ミラーズ〉には欠けているモノがある。それは体験だ」
「え?」
 今の鳴海の発言は……〈ミラーズ〉を知ってる発言だ。
 さらに鳴海は話を続けた。
「姿も記憶も同じなら、なにが違うのか……それを私は体験だと思っている。春日と私は同じ体験をしている」
「前の世界の記憶が……あるの?」
 それこそ〈ミラーズ〉だって証拠……じゃないかもしれない。
「前の世界という言い方は適切ではない。あれは春日涼の世界だ」
 僕にも改変された昨日までの記憶はない。そして、本人は〈ミラーズ〉ではないと言っている。だとしたら――。
「もしかして、鳴海も?弾かれたモノ?なの?」
 それならつじつまが合う。
 あれ……僕の世界の記憶も持っていて、?弾かれたモノ?だとしたら――。
「僕の世界で会っていた時点で?弾かれたモノ?だった!?」
 ?弾かれたモノ?が存在するには、それを映すモノが必要。僕は鳴海にたいして強い想いを持っていなかった。なのになんで鳴海は僕の世界にいた?
 もしかして影山彪斗の仲間なのか?
 だったら明かしても問題ないはずじゃないか?
 余計に頭が混乱してきた。
 僕が悩んでいるとベッドのほうで音がした。
 目を擦りながら起き上がる渚。
「あれ……いつの間にかあたし寝ちゃってた?」
 すぐに鳴海は渚のベッドに腰掛けて近付いた。
「きっと疲れていたのだ。もう大丈夫か?」
「うん、頭がぼーっとしてるけど、ぜんぜん元気元気♪」
 渚が起きてしまった。この状態じゃ鳴海との話は続けられない。別の場所に鳴海と行って渚をひとりにするのも心配だ。
 まるで子供にするように、鳴海が渚の髪をなでている。
 鳴海は〈ミラーズ〉なのか?
 僕はまだ疑うのか?
 目の前の鳴海を見ていると〈ミラーズ〉だとは思いたくない。
 穏やかだった部屋に突然張り詰めた空気が充満した。それを発したのは怖い顔をした鳴海だ。
 ――音?
 外から叫び声が聞こえた。
 次にしたのは気配!?
 階段をだれかが上がってくる音だ!
 部屋のドアノブがガチャガチャと音を立てた。ドアにはカギが掛けてある。ここまで来たんだ、それも気休めだろう。
 鳴海が自分の背に渚を隠した。
「私が守るから心配するな」
 渚は無言のまま震えながらうなずいた。
 豪快な音を立てながらドアがぶち破られた。
 外れたドアがまたも音を立てながら床に倒れる。
 僕は息を呑んだ。
 ドアの向こうに立っていたのは〈ミラーズ〉を引き連れたアスカだった。
「涼ちゃん会いに来たよ。でもヒドイ……たくさん罠が仕掛けてあって、たくさん〈ミラーズ〉が壊れちゃった」
 罠?
 アスカが僕に近付いてくる。
「ねぇ涼ちゃん。そこにいる女が涼ちゃんのこと取ったんだよね?」
 アスカの視線が向けられたのは渚。
「え?」
 渚は驚いた顔をした。
 さらにアスカが近付いてくる。
 もう騙されない。目の前にいるのはファントム・ミラーなんだ。わかってる、わかってるけど……動けない。
 だってそこにいるのは椎名アスカなんだ。
 薔薇の香りが部屋に充満した。
 まさかファントム・ローズ!?
 どこにいる!?
 急いで僕は部屋中を見回した。
 驚いた顔をしている渚。
「愛……ちゃん?」
 渚を守るように前に立っていたファントム・ローズ。
 そして、この部屋から消えた鳴海愛。
「君はそこを退け春日涼」
 そうファントム・ローズに言われても僕は動けなかった。
 驚いてしまった。
 でも、それは驚くことじゃなかった。
 なんで今まで同じ存在だって認識できなかったんだろう?
 今ならこうやって同じだってわかるのに……。
 声だって鳴海愛じゃないか。
 それなのに、今まではどうして男だか女だかわからない声だと思ってたんだろう。
 理由はわからないけど、僕はファントム・ローズを鳴海愛だって認識できないようになっていた。
 それが今ならわかる。
 はっきりと認識できるんだ。
 その白い仮面でさえ、僕には鳴海愛の顔に見える。
 アスカが僕の背中にしがみついた。
「怖いよ涼ちゃん。涼ちゃんならあたしのこと守ってくれるよね?」
 僕とアスカの様子を見ていた渚の様子が変だ。
「どういうこと……涼とその人って……?」
 世界が揺れた。
 いや違う、僕が見ている世界だけが揺れたんだ。
 大変だ、渚の感情が乱れてる!
「渚、大丈夫だよ、なんにも心配いらないから!」
 苦しい言い訳みたいじゃないか。
 アスカが笑った。
「わたしと涼ちゃんは恋人同士なの。あなたがそれを取ろうとした」
 そう言ってアスカは僕と腕を組んで……僕と唇を重ねた。
 渚の瞳から涙が零れた。
「ウソだよね……だってあたし……知らない……」
 世界がぼやけていく。
 目が回る。
 頭が割れそうだ。
 アスカが僕の身体から離れた感覚があるけど、もう周りでなにが起きてるのかわからない。
 薔薇の香りだ。
 悲鳴が聞こえる。
 世界が廻る。
 真っ白だ。
 なにもかも真っ白だ。
 そして……僕は世界から追放された。

 今日も暗い。
 なにも見えない……真っ暗だ。
 今日っていうのは間違ってるかもしれない。
 あれからどれくらい経ったんだろう?
 時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。
 それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。
 暗闇の中じゃなにもわからない。
 そう言えばお腹が空いてないな……。
 ということはまだ1日も経っていないかもしれない。
 ずっと暗闇のままだ。
 手足は動く。それで自分の身体があることも確認できる。
 僕はしっかりとここに存在している。
 でも、やっぱりなにも見えない。
 足が地面に着いている感覚もない。
 宙に浮いていたとしても、なにかに流されて動いている感覚もない。
 ずっとこの場所で停滞しているような気がする。
 気がするだけで、なにも見えなきゃ確認もできない。
 これで終わりだとしたら最悪だ。
 なにもかも解決してない。
 渚やファントム・ローズたちが、あの後どうなったのかもわからない。
 もしかして一生このままなのだろうか?
 ……一生?
 こんな場所に一生なんてあるのだろうか?
 ここにあるのは永遠かもしれない――。