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茅山道士 白い犬3

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 若い道士が指差す方向に、ゆらゆらと白い煙のようなものが浮かんでいる。死者を悼んでくれていれば、あの奥様は、こんな苦しい思いをしなくてよかったのにと、若い道士は溜め息をついた。
「ひっ。」と声をあげ、主人は孔道士の後ろに隠れた。
 麟は主人を助けたいとは少しも思わなかったが、あの哀れな奥方に人を殺させたくないとは思っていた。人を殺せば、それだけ罪は重くなり、地獄で責め苦を受ける事になるから、できればすみやかに、冥界へ行って欲しい。
「櫛を貸して下さい。もう、戻らないと諦めなさい。」
 孔や緑青が黙って見ている間に、麟は主人に命じた。一気に片をつけたい。主人は、奥へと走り込んでいった。
「えらく骨のある奴だな、遽さん。」
 孔はただの見習いとばかり思っていたので、麟の豹変ぶりに驚いていた。
「怒っているんだ。・・・・この場を、あれに鎮めさせていいかい?」
「ああ、構わんよ。わしは手の内を全部出してしまって、もう後がない。お若いのの術を見せて頂こう。」
 もう緑青には、麟が何の術を使うつもりかはわかっていた。それは、おそらく雷法であろう。しかし、それは、非常に難しい。実際に、その術に緑青も、この40年と少しの人生の間で数度お目にかかっただけであった。5年の旅の間も、何度か失敗して、2度ばかり麟が成功させたことはあったが、それとて、本当に必死になってやっとできたのである。
 主人は騒々しく戻ってきて、麟を睨みながら、櫛を渡した。
「失敗してみんな死んじゃうのよ。」
 2階の踊り場から新しい奥方は、大声で叫んでいる。髪もぐちゃぐちゃに乱れ、服もだらしなくはだけて、まるで、こちらのほうが幽鬼のような有様になっている。
「・・・・みんなは死にません。」
 冷たい目で、麟は奥方を睨みかえした。最後の言葉までは言わなかったが、新しい奥方は半狂乱になって二階の部屋へ逃げた。
「やりすぎだ、麟。」
 傍観していた兄弟子が、側にやってきて、二階を睨んでいた麟を玄関のほうへ連れて行った。結界の外は、すっかり闇にとざされており、ゆらゆらと白い煙だったものがはっきりとした姿をうつしていた。それは、死んで迷ってしまった奥方とその愛犬である。ふたつのものは、すでに理性のないものになっている。もう、説得することもかなわない。
「墨と筆は用意した。他に何か助けられることはあるか?」
 孔に聞かれないように、こっそりと緑青が麟に尋ねた。麟は頭を左右に振った。
「雷法を使います。」
「・・・・出来るのか? 成功したことはあるが、あれだって、ものすごく苦労していたように思うんだが。」
 心配そうな様子の兄弟子に、クスッと麟は笑った。あれ、余裕があるなと、緑青のほうが驚いた。あの術を使ってから2、3年はたっているというのに、この余裕のほどがわからなかった。
「大丈夫ですよ、兄弟子。私だって少しは進歩しているんですから・・・・あっ、符だけ貸して下さい。」
 日頃の厳しい鍛練がどれ程のものか緑青にはわかっていなかった。麟が黙って黙々とこなしていた鍛練は、難しい雷法の術をも、ことなく行えるだけに成長させていたのである。
「あれ? 法衣をつけんのか、見習いは?」
 孔は緑青の側へやって来て、驚いた声をあげた。道士の衣装であり、証しでもある法衣も着けずに、術を行うのを初めて見たのだ。
「ああ、あれは着けないんだ。本人曰く、見習いなのでな。」
「これをおさめるという奴が見習いかね。」
 庭を鬼が飛び回り、時折結界の網に激しくぶつかるものがあり、火花が飛び散る、その状況をおさめるというのである。庭にしつらえた壇の前にしずしずと墨と筆、そして符を持った麟が進んだ。脇に挾んだ杖と木剣が鬼たちの攻撃をとどまらせているらしく何もいないかのように、若い道士は壇に辿り着いた。そこで一端道具を置くと、杖を持って壇の前に出た。
「関係ないくせに、人の匂いにつられて来た愚かもの、相手をしてやろう。」 その声に踊らされるように、鬼が一斉に麟にむかった。すっと、麟が杖を振って、懐から符を何枚か取り出した。背後から襲ったものに、すかさず、麟が符をあて気を集中した。鬼は白い煙をあげて後ずさった。同様に、横手から来たものは杖で叩いた。その鬼は、杖でさわると同時に消えてしまった。その威力は仙桃木剣の比ではなかった。その杖は、なにせ仙界の桃の木で作られ、さらに、麒麟が念を込めたものである。下級の力ない鬼などそれで切り付ければ、それだけで、消滅させる事が出来る。その威力に恐れをなした鬼たちは、死んだ奥方と白い犬の後ろに隠れた。どちらもうなり声を上げているが飛び掛かろうとはしない。
「・・・・もうお話ししていただく事もかなわないでしょう。教えてくれてありがとう。・・・・・・せめて、あなた方が痛くないように冥界へお送り致します。」
 杖をかざしたまま、麟はそう言うと壇の前に戻った。そして、杖を横に置いて、筆を持った。
 杖を置いた瞬間に鬼たちは襲いかかろうとしたが、それを察知した麟は懐から全部の符を出して空高く投げた。バラバラとその符が落ちている間、鬼たちは黙った。その符は魔除けやら鎮めのための符で、鬼たちは触れたくもないものである。
 筆を持ったまま、麟は眼を閉じて、印を結んだ。いくつかの複雑な印と経文を口ずさみ、精神を集中する。雷法は、その年の初めての雷をその身に溜めておき、陰と陽の気を一定にして符を作ると、その符は、雷神の元締めである九天応元雷声普化天尊の命じる文書と同じ効力をもち、雷帝、雷公、雷母を呼ぶことが出来るという術で、この陰と陽の気を一定に保つことが非常に難しいため、普通の修行をした道士では到底使えぬ術なのだ。若い道士は印と経文の力を借りて自分の気を高めていく。見る見る内に気は天へと登り始め、見えるものには、白い光の内に道士が取り込まれたように見えた。 そして、静かに道士は眼を開いて、墨をつけた筆で符にさらさらと書きつけて、その符と櫛を一緒に空に向かっておもいっきり投げつけた。
 符を書き始めた時に黒雲が集まり始めていたが、その符が、空に舞うと同時にゴロゴロと雷が轟いて、庭は白い閃光に包まれた。落雷は確実に、鬼たちと死んだ奥方と白い犬に降ったのである。符は、閃光と共に消えた。
 爆風のような風が通り過ぎると、閃光で視界を奪われた孔と緑青も次第に視力が戻って、庭を見る事が出来た。壇はものの見事にひっくりかえり、その側に、麟はポツンと立って、まだ経文を唱えていた。すでに、鬼たちの姿はなく、この屋敷を呪っていた奥方と白い犬の姿もなかった。
 緑青が庭へ飛び出すと、麟は経文を唱えるのをやめて、自分の側に転がった杖を拾った。
約束通り、苦しまないでお送りしましたよ、と心の中で白い犬に呟いて溜息をついた。
「麟、ケガはないか。」
 側に駆け寄った緑青が尋ねると、悲しそうな顔で麟は頭を振った。そして、キョロキョロと辺りを見回した。
「何か探しているのか?」
「櫛は割れたでしょうか? あれが残っていると少々やっかいなんです。」
 それを聞いて緑青もまわりを探したが、破片すら残っていないようだった。それを確認すると、麟はホッとしたような顔になった。奥方はその櫛を持って行けたのだ。
作品名:茅山道士 白い犬3 作家名:篠義