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茅山道士 白い犬3

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 戚は熱中すると、本気になって手加減がない。いつも最初は麟にあわせているが、いつの間にか戚の手にあわせることになる。だから、やりたくないんだよと麟は、ヒーヒー言いながら、長い棒を自在に繰り出す攻撃を防御する。そこで、自分の眼に白い物が通り過ぎた。それは、門の前に居たように思えた。今、麟が一番逢いたくないと心から願っているものだったろうと、ためらったが、それでも門のほうへ顔を向けた。そこには、白い犬がこちらを見ていた。その瞬間に、麟は棒を落とした。そこへ、振り下ろしてくる戚の棒と声が飛んだ。戚のほうも勢いがついて止まらない。かわす間もなく、麟はそのまま肘でその棒を止めて、大声をあげたのだ。そのあとに、戚の、「バカ-。」 が、続いたのである。
 戚も慌てて棒を落として、麟に歩み寄ったが、当人、それよりも門のほうが気になって、そちらを向いていた。もう犬の姿は見えないが、確かにそこにいた気配は残っていた。
 やはり、思っていた事が起きたのだ。麟の顔は、一瞬にして青ざめた。そこへ、横から平手打ちが飛んで、戚の怒鳴り声が耳に響いた。
「バカっっ、いきなり肘で止めるなんて。 骨が折れたらど-すんだっっ。 バカ麟。・・・・・おい、聞いてるか、麟っっ。」
 奥から年長者も駆け付けてきた。緑青と子夏に、突然、麟が止まって、そこへ、棒を振り下ろしたと戚が説明をしているのを聞きながら、麟はよろよろと立ち上がった。
「ドジッッ。」
 その様子に緑青は一声怒鳴ったが、様子がおかしいので、「どうした?」と、尋ねた。
「・・・・来ました。・・・・白い犬が、・・・私を迎えに・・・・」
 切れ切れに麟がそう言うと三人は絶句した。やはり、杞憂ではなかったかと、緑青と子夏は顔を見合わせた。
「隣村まで行ってきます。」
 麟はそれだけ言うと、サクサクと庭を歩いて奥へ入った。3人も慌てて奥に入った。緑青は今まで書きためた札を束にして布袋に入れた。
「麟の予感はよくあたる。用意してよかった。」
 側で薬草の棚からなにやらとり出して作っている子夏は、その言葉に、「よかぁーないでしょう、緑青兄。」と、反論した。
 麟が、いつもの杖と木剣を持って、自室から出てきた。その先に、子夏は立って、「腕を出せ。」と、薬を持ったまま手を差し出した。
「湿布するんだよ。いくら軽い手合わせと言ったって、肘で受ければ打撲は確実だ。」
 白い犬の事で頭が一杯になっていた麟は、そういえばそうだったと、腕を子夏に見せた。もうすでに赤く腫れている。
「ドジだね、お前は。先に『やめてくれ』って言わなきゃだめだろ?」
「・・・はあ・・・」
「後先考えるのをたまに忘れるんだから。お前の悪い所だ、麟。」
 腫れている上に湿布薬を貼り付け、その上から軽く包帯を巻いて、更に、「おわり。」と言いながら、包帯の上からパンとたたいた。ひやっと麟は飛び上がったが、その様子に子夏は笑いながら、「折れてはいないけど、2、3日は痛いよ。」と、付け足した。
 戚は台所からもち米(志怪はいやがる)を袋に入れて持ってきた。それを、緑青が受け取って、自分の布かばんにつめた。
「行こうか、麟。子夏、留守を頼むぞ。」
 自分の役回りを心得た子夏は、はいはいとうなずいた。戚は、
「大丈夫か?すまんすまん。」
 と、麟に謝った。
「こちらこそ、どじですみません。」
 そこへ、門から勢い良く、馬と人が入ってきた。隣村の道士孔である。
「あっ、お出掛けかな、遽先生。・・・・ちょっと頼みがあるんだが、急ぎじゃないなら、わしのほうの頼みを先に聞いてくれんかな。」
「急ぎもなにも、今、あんたのところへ行こうと用意していたところだ。」
 緑青のその言葉に、孔は驚いたが、それは助かったと話しを続けた。
「手紙は読んだよ。どうも、難儀な事になってな。あの櫛、・・・・また、あそこの新しい奥様が来て、取り戻しよったんだ。それからすぐに、死んだ奥様を火葬して、墓に埋葬したんだ。キョンシーにならんようにさ。いや、あれは失敗だった。死んだ奥方は悪鬼になってしまって、夜毎、屋敷へ来て、新しい奥方と旦那を襲おうとするんだ。」
 孔のほうも、何日か色々な術を試してみたが、悪鬼は、引き下がりはするものの、決定打に欠けるらしく、倒すに至らなかった。それで、手紙を書いた本人に知恵を借りに来たらしい。
「昼間はいいんだ、別に。・・・・ただ、ああ自由に飛び回られちゃ倒しようがない。」
「まだ、誰も殺してないんですか?」
「おっ、見習いの麟か。あぁ、まだ大丈夫だけど、新しい奥さんはちょっとおかしくなってきたかな。まぁ、仕方ないわな、自分が欲ボケしちまったんだから。・・・・と言う訳で、遽先生、ちょっとお知恵を貸してくれんかね。」
 煙草を吸いながら、孔はそう言って緑青を見た。緑青は、「ああ。」と言って、了承した。
「馬をどっかから調達してくれ、歩いていたら間に合わんから。じゃ、わしは先に戻るから、なるべく早く来てくれよ、先生。」
 自分の言いたい事を喋るだけ喋ると孔は、ひょいと馬に乗って戻っていった。
「馬を借りてきます。」
 戚は慌てて門から飛び出した。
「ひどい事をする人だ。」
 子夏は、そう言って椅子に腰をおろした。サイは投げられてしまった。もう、後には戻れない。
「そうそう、今のうちにふたりとも食事して。 きっとこんな調子じゃ食事なんてあたりませんよ。さあ、すぐ出来るものを作りますから。」
 子夏は、思い立ったように台所へ飛んで行った。緑青と麟は、その様子を見て、クスクスと笑った。
「食べて行こう、長丁場だ。」
「はい、緑青さん、そうしましょう。・・・・子夏兄の作る御飯はおいしいですからね。」
 一端準備した荷物を降ろして、2人は台所へと続いて入って行った。


 日が傾きかけた頃に、緑青と麟は隣村に到着した。道観で孔と逢って、3人は問題の家へ向かった。家の周りには、すでに、妖気が立ち込めている。
「鬼が鬼を呼ぶもんだから、関係ないものまで来るんだ。」
 孔はそう言いながら、その屋敷の門を開いた。家の柱という柱に札が貼られ、あっちこっちに、結界用の鶏の血で染めた網が張りめぐらされている。庭には、道士の使う壇が作られ、色々な供物が捧げられ、線香が焚かれている。
 道士が戻ったという知らせを受けて、この屋敷の主人が顔を出した。心なしか、顔色は青く、憔悴した様子である。この間の道士を眼にした主人は、つかつかとその前に歩み寄り、
「あんたがちゃんとしてくれないからこんなことになった。」
 と、声をあらげて、麟を罵った。緑青が、それに反論しようとして、止まった。若い道士は罵られた言葉に静かに怒っていた。
「・・・・・・私どもが言うようにして下さったら、こうはなりませんでした。私は、あなたを助ける手助けに来たわけではありませんから、あなたに悪鬼が取り憑いても私はお助けしませんよ。」
 静かに、麟は主人を見た。すでに夕刻、志怪が動き出す時間であった。
「どうしてこうなったか、・・・・・あれは誰のせいですか?」
作品名:茅山道士 白い犬3 作家名:篠義