明日に向かって撃て!(終)
耕作は一旦家に帰って旅の準備を整え、高松へ行く、と言い置いて家を出た。
娘は洋裁店を開いており、教えてもいる。
耕作の部屋も時々使われて、家にいると迷惑がられるのだ。
退職した当初は散歩や映画で時間を潰していたが、いつのまにか公園で一日を過ごすようになった。
通り過ぎる人の服装やしぐさなどを観察する。そして想像する。妄想の世界にどっぷりと浸かっているのが至福の時となっていた。
しかし話をすることはない。家でもほとんど言葉を発しない。
久しぶりの会話だった。
少年は安田悠馬(はるま)と名乗った。
悠馬は遠足以外で電車に乗ったことがないという。
「香川の善通寺にな、娘がおるんや。もうすぐ結婚するんやが結婚する前に一度会いたい思うてる」
「そんなん会いに行ったらええやん」
という言葉に触発された。
そして意気投合したのである。
駅で待ち合わせた悠馬は鞄を持ったままであった。
電車に乗るのがほとんどない悠馬の為に、景色が楽しめる在来線で行くことにした。
大阪駅11時発。途中姫路、播州赤穂、岡山で乗り換えて善通寺到着は16時17分となる。
姫路駅で名物の駅弁あなごめしを買い、電車の中で食べた。
悠馬にはすべてが初めての経験である。目を丸くして夢中になって食べている。
電車が瀬戸大橋にさしかかると歓声をあげて、すごい! すごい! の連発。
海の上を電車が走っていくのである。時々島の上を通過する。
周囲を取り巻く海の波が光を受けて、キラメキさざめいている。
点在する小さな島々。
遮るもののない青い空。
優雅でおおらかに飛ぶ鳥。
行きかう様々な船。
途中の小さな島にある自動車道のパーキングエリアでは、自分たちに向かって手を振る人がいた。悠馬も手を振って応えた。
悠馬の笑い顔を見て、耕作の心も和んだ。
作品名:明日に向かって撃て!(終) 作家名:健忘真実