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明日に向かって撃て!(終)

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「いや! やめて!」

 そぅーっと近づこうとしていたのだが、緑ちゃんの緊迫した声が聞こえ、走った。
 男は緑ちゃんを抱きしめて顔を近づけていた。手を突っ張って男を引き離そうとしているが、緑ちゃんの力ではどうにもならないらしい。
 男は緑ちゃんの腕を封じ、「な、ええやろ」と言いながら尻に手を持っていこうとしている。
 俺はふたりの肩に手をかけ、引き離すためにすかさず間に入った。男を押しやって顔を見ると、かの道楽息子である。

「なにすんねん! 俺の楽しみに水差すんはどこのどいつじゃ」
「この子の、緑ちゃんの・・婚約者じゃ。俺の・・女に手ェ出すな!」
「へっ、お前か。へっぽこ探偵ちゅうんは。ビンボたれがいっちょ前に婚約者やと? 緑がかわいそうやないケ」
 
 ビンボたれ、という言葉がずっしりと重くのしかかってきて気力をそがれそうになったが、今は緑ちゃんを守り通さなければならない。
「ああ、貧乏で悪かったな! そやけど心は豊かや思ってる」
「フン、心で生活できるんか、肝心なんはぜぜ(銭)やろが。そこのいてんか、緑を幸せにできるんはワシや。腐るほどの銭があるんや」
「この女ったらしが! 何人の女に手ェ出してるんや」

 うるさいわ! という声とともにストレートが繰り出され、俺はそれを右腕で受け止めると左アッパーをかました。
 緑ちゃんの、やめて! という声が聞こえたが、そこまでだった。
 腰をスッと落とした元孝にボディーブローを決められて、ウッと息が詰まり腰を折って倒れてしまったのだ。
 井川元孝はペッと唾を飛ばして、去っていったようである。

 コナンさん! 
 緑ちゃんは腹を押さえる俺の上体を抱き起してくれた。顔をのぞき込み、腹をさすってくれようとする。シャーロックは前足を俺の肩にかけて顔を舐めてきた。
 ああァパンチが良く効いている。
「だ、大丈夫や、腹筋鍛えてるさかい。フゥ―、あいつボクシングやってたんかいな。無様なとこ見せてしもて、すまん」

 緑ちゃんは俺の左腕を持ち上げて肩を差し入れてくるのだが、そのままでは俺の体重を支えて立ち上がれるはずもない。それとなく右手を地面について弾みをつけて立ち上がると、服に付いた土を払ってくれた。
 そんな緑ちゃんを目で追いながら、なんであんな奴と一緒にいたのかを聞きたかったのだが、聞けなかった。


「最近コナンさん店に来(こ)えへんから・・そうしたらあいつが頻繁に来るようになって、食事に誘われたんよ。断わってたんやけど、何回も何回も・・・そやから根負けして一回だけやで、ゆうて・・コナンさんごめんね、ありがとう」
 俺は腹をさすりながら黙って聞いていた。緑ちゃんは家まで送ると言い張り、家に着くまで同じ事を言い続けていた。