過去を贈る、今を贈る
外ではツリーが輝いている。
私は家の明かりを消し、電飾の光を窓から入れていた。
窓枠が明るい色の斑模様になる。
家の中では食洗機が低くうなっている。
しかしその音も、一年ぶりに書けたクラシックにかき消される状態だ。
特別クラシックが好きというわけでもなかったが、ただ何となくそういう気分になっただけだ。
暖炉の方を見ると、ニコはソファに横になっている。
毛布を頭までかぶっているようで、時々もぞもぞと動いている。
眠れないのだろうか。
「……ドクター」
「おや、もう寝ているのかと思ったよ」
思っていることとは違う台詞を口にする。
ニコは毛布をかぶったままだ。
「ドクターさ、地球生まれって言ってたよな」
「それがどうしたんだい?」
「地球、離れる時さ、どんな感じだった」
急に真剣な質問をしてくる。
私はニコが見ていないのをいいことに、窓際の壁に背中を預け、そのまま床に腰掛けた。
「私はストレッチャーで運ばれたからね。よく覚えていないよ」
「……病気してたんだ」
「あの頃は、私の住んでいる地域は皮膚ガン患者が溢れていたよ。
あの博士号の写真もね、実はファンデーションを塗りまくったんだ」
私は膝に顔を埋めた。
「私も例外ではなくてね。ひどい状態だったよ。
けれども、大学にいた医学博士に勧められてね。
コロニーの病院で自分のクローンに脳移植をしたんだ。以来、それの繰り返しさ」
誰に言っているのか、よく分からなくなってしまう。
ニコに言っているはずなのに、私は私に確かめをしているような感覚を覚えた。
「どうにか向かいの家の人に頼んでね。家にあったモミの枝を取ってきてもらった。
今から思えば、きっと、当時はあんなにいい色をしていなかっただろうね」
「地球に戻りたいとか、思ったことない?」
「……もう戻れないからね。諦めもついたよ」
目を閉じ、自分に言い聞かせる。
もう、戻れはしない。
「ニコはエミーリェに戻れるといいね。まだ、可能性がある」
「……無理だって」
「サンタさんにお願いするんだよ。家に戻れますようにってね」
「さんた、って、例の気のいいじいさん?」
ニコの口調がいくらかくだけてきたので、私は安堵する。
「私は何百回とお願いしたけれど、大人の願いは叶えてくれないらしいからね。
もっと小さい時からお願いしておけばよかったよ」
自嘲的だ、と私は自分で思った。
次の日、オレはまたドクターに起こされた。
「ほら、今日はシャトルも運航するらしいよ」
「……マジで」
「マジだよ」
オレは髪を手ぐしでときながら、ソファから起きあがる。
すると、ソファに何か大きな物が置いてあるのが分かった。
毛糸で出来た袋……だと思う。
「何だよ、これ」
持ち上げてみると、それは巨大な靴下だった。
赤い糸で、折り返しの部分は白い。
象にはかせて丁度いいぐらいのサイズだ。
「サンタさんがプレゼントを入れられるように、ベッドには靴下を下げておくんだ。
良かったねニコ、君がいい子にしていたからサンタさんがプレゼントをくれたよ」
って言っても、どうせこれ用意したのドクターだろ。
しかも妙に重いし。
オレは中に入っている物のせいでいびつな形になった靴下を見る。
「朝食を食べたら行くといい。バスには連絡しておいたからね」
……やっぱりタクシーだ。
作品名:過去を贈る、今を贈る 作家名:ニオ(鳰)