過去を贈る、今を贈る
「あのさ」
ドクターの家の前。
積もった雪は地面を真っ白にしている。
電飾だらけの木にも綿のような雪が被さっていた。
「連絡先、教えて欲しいんだけど」
無理矢理着せられたショールを掴みながら、端末を用意する。
「おや、ニコは私をナンパする気かい」
「冗談なしで。
もし万が一でもエミーリェに戻れたら、報告したいから」
「なるほど」
ドクターは服の中から名刺ケースを出して、オレに一枚渡した。
名前には工学博士、と肩書きがついている。
「まあ、この通り私は暇だからね。好きなだけ連絡すればいい」
大げさに言うドクターに、オレは「そうする」と返事をした。
道を走ってくるバスが見えた。
もう、この星を出る時間だ。
オレはショールをかけ直して、バス停へと足を向けた。
「あぁ、ニコ」
「何だよ」
「メリークリスマス。
楽しいクリスマスを、という意味だよ」
「……メリー、クリスマス」
オレは歩き出す。
数十歩歩いてから、家の方を振り返った。
モミの木の前に立っているドクターは笑顔だった。
オレにかけたのより大きいショールを羽織って、手をふっている。
「プレゼント、期待してるからな」
オレは別れの挨拶をする気分になれなくて、そう大きな声で言った。
***
私は暖炉の前で、ゆっくりと紅茶をすすった。
一年が、もうすぐ終わる。
もう何年目か、数える気にもなれない。
それでも、有意義なクリスマスを過ごせたのだから感謝するべきなのだろう。
結局、今年も私の元にサンタクロースは現れなかったが。
ぼんやりと暖炉の火を見つめていると、部屋の隅に追いやられたコンピュータが耳に残る電子音を響かせた。
私は立ち上がり、画面を確認する。
「……早速だね」
メールが一通届いていた。
差出人はニコだ。
『ドクター・ノエルへ
これを書いてるのは、まだシャトルの中。
アレクシウスまではあと十日ぐらいかかるらしいけど。
あ、このメールはそういうことを言いたいんじゃなくて、プレゼントのこと。
モミの木ありがと。
オレは木とか育てたことないから、親に肥料とか聞いてみる。
どこに植えるかは決めてないけど、できるならエミーリェに植えたいっつーか。
とにかく、枯らさないようにするから』
彼は本当に律儀に、プレゼントのお礼をしてきていた。
私は続きを読む。
『で、何かお返ししようと思って。
写真、一緒に届けるから、それでお返し。
シャトルで丁度通った』
写真……。
メールと一緒に受信したファイルを開く。
「――ああ」
写真には、惑星が写っていた。
どうしようもないほどに汚れきった大地、それに海、雲。
北米大陸が真正面に来た状態で、その惑星は宇宙にぽつんと浮いていた。
私は、これを見たかったのかもしれない。
こんなに汚れた星でも、私の育った場所だ。
別の惑星を地球そっくりにしても、地球にいたときのような生活をしても、それはあくまで、似せているだけ。
本物と、すり替えが効くはずがない。
いるはずのない人物にお願いするように、私は諦め悪く地球を望んでいたのだ。
星一つを作り変えてまで。
自分で自分にプレゼントを贈っても、空しいだけだというのに。
メールの文面に視線を戻した。
最後に、ニコの署名が入っている。
『それじゃ、また。 ニコラスより』
「は……あはは」
私は、思わず笑い声を上げてしまった。
うまく引っかけられたような気持ちになる。
しかし、それ以上に嬉しさの方が私の心を満たした。
サンタクロース。
つまり、セント・ニコラス。
ショールを掴み、外へ駆け出す。
空は白い。
「ありがとう、ニコ。
君が、君がサンタクロースだったなんてね」
どこへかは分からない。
とにかく遠くへ、私は呼びかけた。
作品名:過去を贈る、今を贈る 作家名:ニオ(鳰)