過去を贈る、今を贈る
オーブンでターキーを焼く頃には、外も暗くなりかけていた。
その間にケーキを丸め、ホイップを作る。
「ロールケーキ? デコレーションじゃなくて」
ニコは一見地味に見えるケーキに首を傾げる。
「クリスマスの定番ケーキだよ。ブッシュ・ド・ノエルと言うんだ」
「……ケーキにまで自分の名前つけてんだ」
「いや、このケーキは私が生まれる前からブッシュ・ド・ノエルと言うんだよ」
ココアを混ぜたホイップをケーキの表面に塗る。
フォークで木目を入れれば出来上がりだ。
これで料理はほとんど終わりだ。
後は外の設営をすれば完了。
「よし、ターキーが終わったら外に運ぼう」
「外で食うわけ? こんなに大量の料理」
ニコはこれを私たちだけで食べるのだと勘違いしているらしい。
「当たり前だ。客人を呼ぶには私の家は小さすぎるからね」
「誰か呼んでるんだ」
「もちろん。クリスマスが廃れないように認知度を上げておかないと」
「もう十分廃れてる気がするけど」
エプロンを外しながらリビングに入り、オーバーを羽織る。
窓の外をよく見れば、細かい雪が再び降り始めていた。
家の明かりが外の暗がりを照らし、雪をちらちらと光らせている。
これぐらいが丁度いい、といつも思う。
雪が降るだけで私の心は躍るのだが、小雪の時はまた違った感慨を覚える。
「ニコ、運ぶものがあるから外に出てくれ」
そう指示すると、ニコは外に視線を移し、一旦喜んだような表情を見せたがすぐに肩をすくませる。
「……かなり寒そう」
「今更何を言っているんだい。体を動かせば寒さなんてすぐに吹き飛ぶよ」
私は昨日彼に使わせたショールを放った。
「そうそう。そっちを持ち上げて」
モミの木の下。
ニコの助けを借りながらテントを立てる。
年に一回しか立てないそれは、ぎしぎしと音を立てながら揺れた。
「何か頼りねぇ感じ」
「もう何十年も使っているからね」
柱の根本に補強用のピンを打ち、ブーツの底で踏みつける。
この寒さですっかり凍り付いた土にピンを差し込むのはなかなか大変だ。
ニコも体重をかけて柱を止めている様子が分かった。
もっとも、この暗さなので影のみからの判断だが。
最後に折りたたみのテーブルをテントの中に組み、完成だ。
「よし、料理を運ぼう」
「マジで人来んの?」
疑わしいような顔つきで、ニコが辺りを見回す。
「マジで来るんだよ。開始時間は六時だからもうすぐだ」
「クリスマス、なんて誰も知らないのに」
「この星では祝日にしてあるんだよ。しかもイブと合わせて二連休だ」
「……あっそ」
私は肩に積もった雪を払う。
ツリーを見上げれば、ワイヤーの巻き付いた木は真っ黒なまま立っていた。
「あ、そうだ」
「何?」
「昨日渡したオーナメント、持っているかい?」
そう訊くと、ニコはジャケットから赤い球を取りだした。
時計を見る。時間だ。
「ツリーに投げて」
「投げていいわけ?」
「ワイヤーに引っかかるからね。問題ない」
ニコは肩をすくめるとテントから抜け出し、何歩分か離れた。
そして、十分距離をとってから、思いきりこちらに向かって投げる。
私も、幹に設置したスイッチを入れる準備をする。
「さあ、点灯だ!」
次の瞬間、目の前に星の塔が現れた。
私がスイッチを入れたのと、ニコの投げたオーナメントがツリーに届いたのは
タイミングがいいことにほぼ同時だった。
ワイヤーに沿って、ツリーに飾り付けた電飾が下から螺旋状に灯っていく。
ぐるぐると回った光の線は、ツリーの先頭に取り付けられた大きな星まで辿り着くと今まで暗いままだった時間を取り戻すように、辺り一帯を照らした。
何百人分のオーナメントは、ランダムに色を変え、雪を鮮やかに色づけている。
「すげぇ」
ニコがゆっくりと、ツリーを見上げたまま私の横にやってきた。
彼の顔も、七色の光りを反射させていた。
きっとそれは私も同様だろう。
ツリーの光は、地面だけではなく真っ暗な空の色まで変えてしまいそうだ。
何度見ても、この光景には感動を覚える。
子供の時からずっと、この感情に変化はない。
そうしていると、遠くにバスが停まった。
中から大勢の人が出てくる様子が見える。
「……随分呼んでるじゃん」
「安心したまえ、料理は足りるようにしてある」
私はわざと的はずれな答えを返した。
作品名:過去を贈る、今を贈る 作家名:ニオ(鳰)