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過去を贈る、今を贈る

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私は簡単に野菜を切り分け、ワインや水と共に圧力鍋にかけた。
客人のことはもっと豪勢な食事でもてなすべきなのだろうが、ごちそうは明日にとっておくべきだ。
今日は、まだ早い。
半時間ほど火を通せば、野菜はすっかり軟らかくなった。

それにしても、私がキッチンへと引っ込んだ後も、ニコは私のことを居間からじろじろと見ている。
まるで動物園に来た珍獣のような扱いだ。

「もうすぐだよ」
鍋と向かい合ったまま、暖炉の前のニコに呼びかける。
彼が慌てて首を戻す様子が、シンクのステンレスに映った。
「今日はそちらで食べよう。寒いからね」
深めの皿に熱いポトフを盛りつける。

トレイに二人分の食事と食器を乗せ、居間へと戻る。
ニコはとってつけたようにテレビのチャンネルを回していた。
「ああ、テレビはニュースと音楽番組にしか契約していないよ」
私は丸テーブルにトレイを置いた。
「材料は全部この星の生産だ。
 自慢ではないが土壌の良さは他の星に負けないはずだ」
「自慢だろ、それ」

ニコがリモコンの代わりにスプーンを握ろうとしたので、私は制止した。
「ニコ、食事の前にはお祈りだ」
椅子を引き寄せ、テーブルを挟んだ彼の向かいに腰掛ける。
そして、両肘をつき手を組むと、軽く顔を伏せてみせた。
「ほら、こうやって」
彼が私に倣い手を組むのを確認する。
私は目を閉じた。

「……これ、何をお祈りするわけ」
「何でもいい。今日、この食事にありつけたことを神に感謝さえすれば」
「神、ねぇ」
呆れたような声が聞こえてくる。
片目だけをそっと開けば、彼は何やら難しそうな顔で目を閉じていた。
その様子が、無性におかしく感じられる。

「よし、お祈りは終了だ。冷めない内に食べようか」
私は顔を上げ手を叩いた。
ニコがはっとして目を開ける。
「あ、じゃあ、いただきます」
彼は息を吹きかけ、ポトフを口に運んだ。

クラシックコンサートが流れているテレビの画面をニュースに切り替える。
丁度天気予報が流れているところだった。
磁気嵐の情報などが淡々と報じられていく。
「ニコは寄り道で来たと言っていたけれど、本当の行き先はどこだい」

彼は眉を寄せた。いささか不機嫌そうにも見える。
だが、すぐに簡潔な答えが返ってきた。
「アレクシウス」
「随分遠いね。太陽を挟んで反対側じゃないか」
「……避難の、途中なんだよ」

避難、という言葉が彼の口から出てきた直後、私の中に一つの報道が浮かんできた。
「ニコ、エミーリェから来たんだね」
「ドクターも知ってるだろ。隕石が降ってくるってやつ」
ニコは伏し目がちに言う。

惑星エミーリェ。
今から、約百日前に複数の隕石の衝突が予告された場所だ。
発表によれば、無事な状態でいられる居住区は、全体の一パーセント未満。

「それは、大変だね」
「皆そう言う」
私は失敗した、と内心後悔した。
しかしニコはそれに気付くでもなく、背もたれに身体を預ける。
そのまま顎を上げ、天井を仰ぎ見た。
「だから、願掛けしに来た。
 家が無事だったらいいとか、すぐに帰れたらいいとか、そう思って。
 ……望み薄だけどな」

私は何も言わなかった。軽口は首を絞めることになる。
分かっていたはずなのに。

私も彼と同様、故郷を捨ててしまったのだから。

ばつが悪くなり、冷めた紅茶に口をつける。
こういう時にふさわしい、気の利いた言葉など存在しないのだ。
ゆっくりと紅茶を飲み込み、意識して静かに息をつく。

「それならば」
一旦言葉を切りそうになったが、何でもないようにふるまい、続ける。
「是非、その願掛けをして行けばいい。
 言っただろう、もしかしたら気のいいおじいさんが」
「プレゼントをくれるって?」
「その通り」

顔を上げれば、ニコは既にこちらに向き直っていた。
私は口の端を上げて笑ってみせる。
ニコもつられて、わずかに笑顔を見せてくれた。

「しかしプレゼントをもらうにはいいことをしないとね。
 というわけで明日は沢山手伝いをしてもらうよ」
「は?」
「ただで泊めてあげるのだから労働力ぐらいは提供してもらわないとね」
「けちだろ、それ」

たちまち憮然とした顔に変化するニコに対して、私はまた笑う。
「なるほど、ニコは屋内よりも氷点下の中で寝たいということか」
そう言ってやると、ニコは「……手伝います」と絞り出した。