過去を贈る、今を贈る
ドクターの家に上がらせてもらってからそんなに時間も経たない内に、外はあっという間に暗くなってしまった。
時計を見ても、まだ午後五時前だってのに。
「どうだった?」
「――残念だが、今日中の復旧は無理だそうだ」
ドクターは受話器を耳から離し、オレにそう言ってくる。
完全に足止めだ。
親にはメールしといたけど、明日になれば大丈夫だっていう保証もない。
「こんなこと、よくあるわけ?」
「三月に一回はね。ステーションは利用者が少ないから予算が下りない。
予算が下りないから古いまま。古いままだからガタも来る。
そういうことだ」
無駄にロジカルに説明してくれるよな、まったく。
本当に、本物のドクター・ノエルだなんてこと……はないだろ。
オレはドクターを見ることはやめて、改めて家を観察した。
木の床、木の壁、木の天井、それに木の家具。
照明はしょぼい電球、極めつけは暖炉。
薪が暖炉の中でパチパチ言っている。
寒くはないから別にいいけれど、置いてあるもの全部が古い。
レトロなのが好みっていうより、生活そのものが「イマドキ」とはかけ離れている。
現に今も、電話を切ったドクターは安楽椅子の上で編み物なんかしていた。
「もう一杯どうだい?」
ドクターはオレに二杯目のホットチョコレートを勧めてきた。
オレがマグカップを持ち上げると、小さな鍋から熱い液体が注がれる。
「木造と言っても、案外寒くはないだろう?」
「あ、あぁ」
「寒暖というものは二元論的だからね。寒さがなければ暖かさもない。
だから私は冬が好きだ。暖かさを感じることができる」
なるほどな、と一応納得する。
「どうせなら泊まっていけばいい」
「あー……あんがと」
「遠慮は不要だ。私もそこまでけちではないからね」
オレは向かい合って座っているドクターを、またちらちらと見た。
もし本物のノエルだったら、数百歳どころじゃ済まない。
何せ、ここを人が住めるようにした上、星に自分の名前までつけたんだから。
そんなに生きていられる人間なんているわけないだろ、普通。
どう見たって子供だし。
「そういえば、ニコは何歳だい」
「十六」
「学校は」
「カレッジ。今は院生」
ものすごく簡単に答えていく。ドクターは編み物の手を止めて顔を上げた。
目が合ってしまったから、慌ててマグカップに視線を移す。
「博士課程?」
「修士。学者になるつもりなんてねぇし」
「そうか」
ドクターは家の隅を見上げた。
オレも同じ方向に目を向ける。
額に入った紙が飾られていた。
元々は白かったんだろうけど、すっかり黄ばんでいるみたいだ。
もっとも、この明るさじゃ色なんてはっきり分からないけど。
「私も本当は、学者になるつもりなんてなかったんだよ」
目をこらして、紙の内容を読む。
「……博士号?」
「ああ、見るかい?」
ドクターは立ち上がり、壁にかけられた額を持ってきた。
古い割には額縁はきれいで、埃もない。結構大事にしているらしかった。
大学のエンブレムが大きく印刷された修了証書だ。
にしても、文法がめちゃくちゃ古い。
でもそんなことはどうでも良くて、一番目についたのは。
「写真、確かに私の顔だろう?」
その通りだ。
証書に載っているドクター・ノエルの顔。
それから、目の前にいるドクター・ノエルの顔。
同じだった。
「……マジかよ」
「マジだよ」
ドクターはまた、オレの真似をしてくる。
オレは信じられなくて、何度も写真とドクターを見比べた。
すると、ドクターが突然声を上げて笑い出した。
「な、何だよ!」
「アハハハ……いや、すまない。
君の顔があまりにも滑稽だったからね」
コッケイってのはねぇだろ。そんなにまずい顔してたか、オレ。
ひとしきり笑い声を上げた後、ドクターはようやく落ち着いて自分の席に戻った。
オレは散々笑われたせいで、いい気分じゃない。
「過度の延命治療ってのは違法だろ。逮捕されなかったのかよ」
「もうやってしまったからね。どうしようもない」
おどけた調子でドクターは笑顔を見せる。
「さて、夕食の用意でもしようか」
作品名:過去を贈る、今を贈る 作家名:ニオ(鳰)