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過去を贈る、今を贈る

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彼は私が名乗ると、ひどく驚いたようだった。
握手を求めれば、彼は素直に私の手を握る。
しかし、この寒空でこの格好だ。大分冷たい。

「あんたが、本当に、ドクター・ノエル?」
「嘘に聞こえたのかい?」
確かに、彼が疑うのも無理はないが。
「ノエルって、すげぇ昔の人だろ」
「そうだね」

彼は色々下調べをしてきた様子で、自分の知っていることを簡潔に話した。
ノエルは数百年前にこの惑星にテラフォーミング――つまり、惑星地球化を施した。
机上での理論を、今まで無名だったノエルは世界で初めて実践したちまち有名になった、と。

「もしかして襲名とか?」
「まあ、そういうことにしておこうか」
彼に説明しても納得してくれなさそうだったので、手早く話題を切り上げる。

「それで、何の用だい?」
「あ、あぁ、願掛けの木があるって聞いて。この木?」
私は苦笑した。随分と噂話もねじれてしまったものだ。
「残念だが、これはそういう目的の木ではないんだ。
 ただ、飾りを一つずつ、任意でつけてもらっているだけなんだよ」

正直に事情を話す。彼はそれを聞くと、たちまち顔をげんなりとさせてしまった。
「一週間かけて来たのに……」
「落ち込むのは早計だね。少し待っていてくれ」
励ますつもりはなかったが、彼の肩をぽんと叩く。
そして箒を幹に立てかけると、私は家の中へ一旦戻った。
玄関先に置いてある箱を抱え、彼が凍え死なない内にと急いで外へ出る。
追加として、編み終えたばかりのショールも掴んで。

「これでも羽織ればいい。少しは寒さも和らぐ」
アイボリー色のショールを彼に渡す。
「あ、あんがと」
彼は律儀にも礼を述べると、それを肩にかけた。
少しは落ち着いたようだ。

「で、それ何」
「例の飾りさ」
箱を開け、中を彼に見せる。すべて赤いオーナメントだ。
「記念に名前を書いてもらっているんだ。愛称でもイニシャルでもいい。
 それに、いい子にしていれば気のいいおじいさんがプレゼントをくれるからね」
笑って言いながら、金色のペンをオーナメントと共に手に取る。
彼は奇妙そうな顔を私に向けたが、オーナメントを受け取りペンを走らせた。

私は彼の手元を覗き込む。彼のサインが見えた。
「なるほど、君の名前はニコと言うのか」
彼、ニコは「あだ名だけどな」と肩をすくめ、私にペンを返した。
端についた糸を摘み上げ、オーナメントを眺めている。
「何か入ってる」
「簡単な回路だよ。明日には分かるさ」

気のない返事がニコの口から漏れる。
「じゃあ無理。オレ、今日中にはこの星出るから」
「忙しいようだね」
「回り道なんだよ。本当は別の所に行く途中。
 ……でさ、願掛けじゃなかったら何の木、これ」
彼は本当に願掛けをするつもりで来たらしい。
時代の流れということなのだろうが、少し悲しいことだ。

「クリスマスツリーだよ」
そう言うが、やはり彼の反応は芳しくない。

「くりすますつりー。変な名前」
おうむ返しに発音する。
「正確にはモミの木だ。クリスマスにはこうやって木に飾り付けをするんだよ」
「よく分かんねぇけど」
「昔は知らない人なんていないぐらいに有名な行事だったんだよ。
 たまたまだけれども、神様の誕生日と同じ日だからね」

私は箱を閉じ、ニコを促した。
「中で何か飲んでいけばいい。外で立ち話していては君が凍死してしまう。
 ステーションへのバスがやって来るまでには、まだ時間があるからね」
念のため腕時計で時間を確認し、彼に提案する。
「マジで? ホント助かる」
「マジでね。飾りは帰り際まで持っていてくれ」
私はまた彼の真似をしてみせる。

箒を掴み、家の中へ彼を案内しようとする。
すると、辺り一帯にノイズの混じったチャイムが響いた。
役所からの放送だ。

『こちらは、ステーション地区広報です。
 只今、ステーション内、航法系におきましてシステムの異常が確認されました。
 まことに申し訳ございませんが、緊急メンテナンスを実施いたします。
 よって、全ての便を運休とさせていただいております。
 復旧日時は未定となっておりますが、航空券の発行は受付にて……』

女性職員の声が淡々と流れる。
しかし、ニコの顔は目に見えて引きつっていた。
「マジで」
「マジみたいだね」
私は彼を不憫だと思いながらも、私にとっては嬉しい偶然だと考え直した。
彼に、このツリーの晴れ姿を見せることができるかもしれないのだから。