過去を贈る、今を贈る
「着いたよ」
畑しか見えない風景にいい加減飽きてきた頃、ようやく目的地に着いた。
オレは運賃を払って、バスのスロープを降りる。
今まで暖房の効いたバスの中にいたせいで、外がなおさら寒く感じられた。
おまけに、周りに風を遮るものはゼロ。
その気になれば地平線だって見えそうな勢いだ。
ポケットに両手を突っ込み、目当ての建物を探す。
テラフォーミング研究所。
とか言っても、それっぽいものは見あたらない。
でもここ、確かに「テラフォーミング研究所前」だよな?
バス停の標識を確かめる。間違いない。
もしかして、もう研究所なんてないのか?
近くにあるのは小さな家が一軒と、それから家のすぐそばにどでかい木が一本。
木の前に人がいるのがかろうじて分かる。
とりあえずあそこで道でも訊くか。他にあてもなさそうだし。
それに、少しでも身体を動かしてないとマジで寒い。
オレは道路から土の道へ降りて、家の方へ歩き始めた。
道はザクザクと変な音がする。
歩きながら足下を見ると、土の中には細い氷がびっしり埋まっていた。
くそ、何でこんなに寒いんだよ。
早足で家へ急いだ。
どうせなら中で暖まらせてもらいたいとか、無駄に期待してみる。
だんだんと家も大きくなってきた……って。
「木造かよ」
家は丸太を積んで造られた、完璧な木造建築だった。
床と地面の間には、どういうわけか少し隙間がある。しかも屋根には煙突。
何なんだここ。何百年前の世界だよ。
「何かご用かい?」
すると、木の前にいた人間もオレに気付いたらしくて、高い声が届いた。
まだ子供。っても、オレと同じくらいだろうけど、背の低い女の子だ。
マフラーにオーバー、ブーツに手袋としっかり着込んでいる。
掃除中みたいで、箒を両手で持っていた。
「あのさ、テラフォーミング研究所ってとこに行きたいんだけど」
オレは女の子の所に走り寄る。
風が強く吹いて、思わず肩を寄せた。
「う……やっぱ寒い」
「それは当たり前だ。今の気温はセルシウス温度で三度前後だからね」
「さ、さんど!?」
ありえねぇし。スキー場じゃねぇんだから。
「この時期にここに来るには、いささか薄着だったようだね」
「本当にな……じゃなくて、研究所」
オレが本題を思い出すと、相手はわざとらしく目を丸くして見せた。
「ここだよ」
「は?」
「君には看板が見えないのかい?」
女の子は親指をひっくり返して、肩越しに家を指した。
バルコニーの手すりに板が打ちつけてあった。
「Terraforming Research Institute」と。
「マジで?」
「そう、マジでね」
女の子は手袋を外して、オレに右手を出してきた。
「一応所長ということになっている、ドクター・ノエルだ。初めまして」
作品名:過去を贈る、今を贈る 作家名:ニオ(鳰)