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茅山道士 人間の皮事件2

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 ここまで言うと男は、ヘタヘタと座り込んでしまった。 麟たちと別れた彼は、館に戻り書院のほうへ入ろうとした。そこには先日から囲っている女がいたからである。先日の朝、男が散歩しているところ纒足(*作者注*清朝の頃の女性は足が小さいのが美人とされたので足を小さく矯正していた。)の美しい女性とバッタリ逢った。彼女は金持ちの家から逃げて来たので匿って欲しいと頼みこんだので、男が自分の屋敷の書院に匿い妾にしているのであった。書院に入ろうと男が扉に手をかけても、中から鍵がかけてあって入れない。不審に思い、窓の隙間から覗くと、鋸のような歯をむきだしにした青い顔の妖怪が、寝台の上に人間の皮らしいものを広げ、絵筆で人間の女の姿かたちを描いているのだった。やがて描き終わると、妖怪は着物を羽織るようにして、その皮を羽織り、すっぽりと身体にかぶった。するとたちまち妖怪は書院に匿っているあの女に変わったのである。男は一部始終を見て恐怖のあまりに足が萎えてしまい、その場所から這って本宅のほうへ戻って来て、先程の道士の言葉が本当だったことを悟ったのだ。男は全てを話し終えて、お助け下さいと土下座して頼んだ。その妻も傍らで道士たちに訴えるような瞳で立っている。
「お師匠様。」
 麟は緑青からの命令を促すように声をかけた。師匠役の緑青はコホンと咳払いして志怪退治を弟子の麟に命じた。弟子は自分の扇子に墨と自分の血で術を書きつけた。
「これを寝室の戸に掛けておいて下さい。そして志怪が何を言っても耳をかさずに部屋の内にいて下さい。そうすれば志怪を追い払うことができるでしょう。」
 程偉の奥方は後ろでその様子を見て何か言いたそうに口唇を動かしたが、沈黙していた。弟子は志怪に情けをかけて志怪を追い払うだけの術しか扇子に書かなかったのである。それは、街の入り口に向かう橋でみつけた水鬼の連れの妖怪だったので、水鬼がひとりぼっちになることに同情した結果だった。強いお符なら容易に志怪を殺してしまうことが出来るのに、それを放棄した。
 男の屋敷から退出して街の道観に泊まった。道観の庭を散策していた麟は津氏に声をかけられて立ち止まった。彼女は夕方の一件が頭から離れなかったので道士に尋ねた。若い道士は彼女と逢う前に供養してやった水鬼の話をし、おそらくあの男についている妖怪はその青い顔の妖怪だろうと意見を述べた。
「では、あなたは人の生命を危険にさらしてまで水鬼に同情するのですか。」
「危険に・・・とは心外です。あの符は、それ程弱いものではありません。あの志怪程度を退けるには充分役立つでしょう。」
「あまり感心しませんね。確か道士の一番大切なことは、『魂を鎮める』ことではないのですか。」
 静かだがきついいさ諫めが麟の心を捕らえた。闇の庭のふたりの間を沈黙という空気が風となって流れていく。
「明日一番に、あの方の屋敷へ行って別の術の符と取り替えて来ます。・・・・どうして緑青さんが鵬仙人から術を受けられなかったのか思い出しました。感情に左右されることは人間としてもっともですが、道士はある程度抑えなければならないのでしたね。ありがとうございました。」
 彼女に深々と頭を下げて礼を言った。しかし、顔には不服の色が少し見えているところが、まだ幼いと彼女は思った。まだ子供のような感情を持つ麟は顔を隠すことは出来ない。自分の行いの悪さを恥ずかしいと思う感情よりも自分を正当化しようとする感情のほうが勝ってしまうのだろう。少し険しい表情で空を見上げている麟を、その場に残して彼女は屋敷の内に戻って行った。
 その頃、男の屋敷では本宅の寝室で妻と共に眠った男のもとへ志怪の化けた女がやって来るところだった。その戸口には道士の扇子を掛けてある。外で足音がした。男は覗く勇気がないので、妻に、
「あの女かもしれない。おまえ。ちょっと見てくれ。」
 と、頼んだ。妻はそっと戸を開けて、隙間から覗き妖怪の化けた女だということを確認した。妖怪は、戸の前に立ち止まったと同時に歯ぎしりする音が鋭く聞こえてきた。
「道士の奴め。わたしを入らせまいというのか。」
 外の足音は少し後退したようなので、男がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ケラケラと笑う声が響いたかと思うと女は扇子を引きちぎって戸から飛び込んできた。そして、寝室の中へ入って来て、男の寝台に上がり、男が悲鳴を上げるより早く男の腹を引き裂いて心臓を取り出してムシャムシャと食べ、側の妻に眼もくれず出て行ってしまった。一瞬の出来事に妻は成す術もなくぼんやりしていたが、はっと我に返り大声で助けを呼んだ。しかし、すでに夫は死んでいた。妻はあたり一面血の海になっている部屋でぼう茫ぜん然として涙を流していた。ようやく夜が明けてから下男に道士を呼びにやらせることを思い付き急いで行かせたのである。
 道士が駆けつけた寝室は無残なものだった。血が窓のところまで飛び散り驚きの表情をたたえたままの男の死体がよけいに恐怖心を駆り立てた。若い道士はその惨劇に言葉もなくたたずんでいる。
「道士様。とりあえず妖怪を退治なさいませ。」
 津氏が落胆した若い麒麟を励ますように言った。師匠のほうが驚いていたが、今はそんなことを気にしている時ではないと彼女は言い切った。
「すぐそばに、まだ志怪がおりますわ。早く始末しないと家族の方にまた犠牲者が出てしまいます。さあ、道士様。」
 せっついて麟を動かすことにした。緑青も協力すべく霊芝の葉(*作者注*この葉で眼を清めると普段見えない鬼などの志怪が見えるようになる。)で眼を清めて辺りをぐるりと見回した。そして南の棟に邪気が漂っているのを発見した。
「こちらの南の棟は、どちらがお住いですか。」
「主人の弟の二郎さんが住んでいます。」
「今、そこに外から誰か来ていないか確かめてください。」
 緑青がその屋敷の妻に頼むと下女に急いで調べにやらせた。下女はすぐに戻って来て、手伝いに雇ってほしいと老婆が頼みこんでいることを告げた。
「それだ。」
 師匠は木剣を手にして南の棟に入った。
「この妖怪め! 正体をあらわせ。」
 と、緑青が大声で一喝すると、老婆が家の中で顔色を変えておろおろしだし、よろけながら中庭へ出て来た。彼が木剣で打つと、老婆はあっけなく倒れ、同時に人間の皮が剥がれて青い顔の妖怪に変わり、地面を転げながら気味の悪い声で鳴いた。再び木剣で打たれると紫の煙になって消滅してしまった。
 退治騒ぎの間に麟は程偉の奥方に男を生き返らせる方法がないものか尋ねていた。仙薬ででも無くなった心臓を作り出すことは出来ない。
「黙ってついておいでなさい。解決の糸口はあります。」
 彼女が連れて行ったのは再会した城隍廟だった。その奥の城隍神の奉っている場所にいた一人の乞食に向かって彼女が平伏した。
「私はこの度、尸解いたしました者でございます。何卒お願いの議がありまして、こちらの道士と共に参りました。」
 麟が驚いていると彼女は自分と同じ様にするようにと眼で合図した。訳がわからないが、とりあえず彼女の言うことに従うことにした麟は乞食に対して平伏して頭を下げた。
「ほう、尸解仙が何用だ。」
作品名:茅山道士 人間の皮事件2 作家名:篠義