カゴの守人
このままでいいのか、と。
自分がやりたい事をやらず、このままあのせこせこ働くだけの大人になるのを待てばいいのか、と。
悶々としている内に夜が更けて彼もまた、まどろみの中に消えていった。
*
翌朝、眠い目を擦りながらベッドの中でもそもそとする。顔をヒョコリとだし、窓の外を見る。日は既に登っていた。
外にいる人が疎らなところを見るとまだ朝のようだった。習慣というものは恐ろしいものだ。例えどんなに抗おうとしても一度ついてしまったものはなかなか抜けないものなのである。
仕方がないから伸びをする。三秒、至福の時間だ。いやがおうにも固まった体から小気味のよい音が聞こえる。
「クライン、起きなさい、朝よ」
そんな声が部屋の外から聞こえてくる。母親だ。
今日は仕事のある日。一応彼もこの街の住人である以上、その役割は最低限果たさなくてはならない。
「今日はなんだったかな………」
机の上に置いてあるスケジュール帳を確認する。
どうやら今日の仕事は種蒔きらしい。
「さてと」
掛け声と共に彼はベッドから跳ねて起きる。
*
クラインは朝ごはんを適当に食べ、家をでる。出る間際、母親に何かが入った袋を渡された。
「少しお菓子作り過ぎたからユリカちゃん達とお上がりなさいな」
正直なところうざったかったが、ここで反抗してもくどくど文句を言われるだけなので、母の持つ袋を引ったくる。
「もう、少しは感謝しなさいよ」
母は腰に手を当ててため息をつく。知ったことかとクラインは仕事場に向かって駆け出した。
*
家から作業場所まではそんなにかからない距離にある。
なにせ小さな街だ。半日歩けば一周してしまう程度の大きさしかない。歩き始めて5分程度で作業場についた。
作業場とはもちろん畑であり、やるのは種蒔きである。
着くとそうそうに
「あらま、よーきたね」
と、老人連中が声をかけてくる。
もちろん、その場にいたのは老人だけではない。中年の男性や、クラインより年下の子供達もいる。もちろん、集まりの面々もいた。
「やっほー、クライン」
ユリカ達が手を挙げて寄ってくる。
「何、それ?」
チャックがクラインの手持ちに目ざとく気がつく。
「菓子だよ、菓子」
ぶっきらぼうにクラインは答えた。
「さっそく………」
そろーりと近づくチャックだが、クラインは手に持った菓子を高く掲げる。
「あっ!!」
「作業が終わってからだ」
ぶぅ、とチャックは頬を膨らますがそれをスルーした
「ケチッ………!」
*
「ハア………」
クラインはため息をついた。
彼はあの塔の事について考えていたのだ。
〈鉄の塔〉
あの塔はクラインのおじいちゃんが子供の頃よりも、もっと昔から立っていたらしい。
雨が降り、風が吹き………。
さまざまな時が過ぎ、打ち立てられた時期さえも貞かではなくなった今も苔縄一つ寄せつけず、そこにそびえ立っている。
普段は入口が封鎖され、誰一人として入る事がない。そのためここ数十年内部を見た人がいないとの事だ。
ただ、そこにあるだけ。
悠然と、自然に。
また、景色に溶け込む様にしてそびえるその塔は、もはや日常の一部と化している。
(いや………)
クラインは思う。
その日常の風景こそが非日常的なのだと。
*
休憩時間になってクラインは仲間達に塔の事で自分がどうしても中を見てみたい事を伝えた。
「まあ………、そんなに言うんなら別に構わないが………」
ノアが言う。
続けて
「でも、あの塔は何十年も封鎖されているんだろ?
どうやってあけるんだ?」
ともっともな疑問を口にする。
「それは………」
クラインは言葉に詰まる。それだけは文献を読みあさっても答えが出てこなかった。しばし、沈黙の時が訪れる。
口を開き、沈黙を破ったのはチャックだった。
「とりあえず………、塔の周りを調べる?」
そうだなと一人、また一人とその意見に賛同する。他に手がないからだ。
「じゃあ、午後は塔を調べにいこう!」
クラインは声を挙げる。
ようやく、彼の小さな願望が形として成ってきた。
内心とても嬉しいはずなのだが、なるべく表情には出さないようにした。何となく照れ臭かったのだ。
*
塔は小高い丘の上にたっている。周りには一切の建築物が無く、それだけがぽつり、と立っているのだ。生えている、という表現でもあっている気もする。まるでタケノコの様だ。
鉄の塊であるそれはとても高く、近くに寄れば首が痛くなるほど見上げても先端が見えない大きさだ。胴回りも太く一周回るのに歩いて十分も掛かる。
ぱっと見より大きいのが塔の特徴なのだ。
*
クライン達は塔の回りを観察して見る。見たところ扉らしきものが一切見当たらない。それどころか一切の凹凸がなく、まるで本物の鉄の塊の様だ。しばらく、見て回ったが一切の発見ができなかった。
「なあ、なんもねーんじゃね?」
カミヤが言った。
「いや、それは………」
クラインは言葉につまる。
「もう少しだけ調べてみないか?」
「………まあ、いいけどよ」
*
ユリカはぷくぅ、と頬を膨らませていた。ひたすら探してもいっこうにそれらしきものが見えて来ないからだ。
一旦は面白いと思ったものの、何も見つからないのでは面白さもくそもない。
「あーっ、もう!!」
思わずこの退屈な状況になった元凶である塔を殴る。
ズプリッ
「!」
殴った手が塔の中へめり込んだ。
「―――っ!?」
当然困惑する。声を挙げようとするが、びっくりし過ぎて声がでない。
ピピッ
「コードニンショウ――
パスワードヲカクニンイタシマス
―――ドウゾ」
どこからともなく、人の声が聞こえてくる。いや、これは本当に人の声なのだろうか?
なんというのだろう。余りに、カクカクとし過ぎている気がする。
「パスワードヲドウゾ」
ユリカはますます混乱した。
パスワード?なんなんだろう、それは?
この塔にそんなものがあるなんて聞いた事がない。
回りを調べていたクライン達がこちらにくる。
「ユリカ何してるんだ………。手、めり込んでない?」
クラインが引き気味にユリカの様子を伺う。
どうやら、ユリカが壁を殴ってめり込ませたと勘違いしたようだ。
「引かないで!勘違いよ!いや、その前に助けてよ!」
男連中は後ずさった。
「!」
ユリカは鬼の形相で睨みつける。
男連中はそんかユリカの命令に逆らえるはずもない。
*
「全く………、一時はどうなる事かと思ったわ」
クライン達に助けてもらい、ユリカは手首を摩っていた。
ユリカが手を抜くと共に、パスワードを………という人の声は止んだ。
「大丈夫か?ユリカ?」
ノアが尋ねる。
「うん、まーね………。でも、少し変な感じ。なんというか、ざわざわと探られたような………。」
「探られた?」
「そう、のぞき見られたみたいな。」
皆が顔を見合わせた。
「どういう事なんだろうな」
カミヤは唇に手を当てた。
「なあ、それとパスワードがどうたらこうたら言っていなかったか?」
クラインも疑問に思った事を口にする。
「あっ、そういえば………」
「確かに………」
皆が同意して気づく。
「確か、合言葉の事だよな?」
ノアが確認をとった。