しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま
確かに、彼女を愛している。放尿を終えてすっかり萎れた自らのペニスを見下ろしながら、Nは心の中に溜まる滓の苦さにおくびを漏らした。愛しているからこそ、欲求不満にだってなる。
あまりといえばあまりな彼女の言葉に今更怒りが湧き上がる。幾ら何でも、公衆の面前であんな言葉。隣の交通事故か何かの老婆は、絶対に聞き耳を立てていたに違いない。痛くも痒くもない建前に憤ることで、切実な本音を誤魔化す。
彼女とは、二度とセックスをすることが出来ない。
物理的な問題ではない。先ほど彼女は涙に暮れていたが、生殖機能だって、もしかしたら無事かもしれない。けれど、あのガラス玉のような涙を一度見てしまえば、無理強いは到底不可能だった。白いシーツ、棒きれのような脚。嫌がる彼女の姿を思い浮かべるだけで、吐き気すら催す。
だが、悲鳴のような声で紡がれたあけすけな言葉が、介護疲れのおかげで遥か彼方へ消し飛んでいた性欲を自覚させたことも事実だった。この一ヶ月、マスターベーションすらろくにしていない。異常事態だった。
彼女とは、身体の相性がとてもよかった。完璧とまでは言わないが、余り多くはない交際遍歴の中でも、群を抜いていると言っても良い。たとえば、髪に触れたとき、身を凭せてくるタイミング。たとえば、頬を寄せ合ったとき、彼女の耳朶がちょうど顎のラインに触れる心地よさ。何よりも、思い出して切なくなるのは、深い寝息につれて上下する、胸のなだらかな丘陵だった。双子の梨を乗せたような形よい乳房が、ハロゲン灯の明かりの下で陰影を作るとき、Nは滾る情欲というよりは、柔らかい求心力を感じていだのだ。まさしくそれは、神々しさの化身と言えた。モナ・リザを思わせる胸の谷間をじっと見つめながら眠気の訪れを待つのは、とても楽しい時間だった。
美しい思い出も、消化不良の感情では幾分くすんで見える。そう言えば、一度あの胸に何か液体を垂らしてみたかったのだ。シャワーの水でも、ザーメンでもいい。そんな安いアダルトビデオの真似事を提案することは、彼の矜持上不可能だったため、結局やれずじまいに終わったが。そう、機会は永遠に失われてしまったのだ。
作品名:しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま 作家名:セールス・マン