しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま
尿道からまっすぐ伸びた管を睨む。その中を通る液体は黄土色が濃くなりつつあるのに、決壊した瞼から零れ落ちる涙は、胸を高ぶらせるほど透明だった。
「無理よ。結婚なんて出来ない」
「馬鹿なこと言うなよ」
ぽろぽろと転がる雫がギプスの縁に溜まっていくのが痛々しく、Nは彼女の頬を何度も何度も撫でた。
「身体が不自由でも幸せになってる人は一杯いるだろう」
「なるわけないわ」
「俺が幸せにしてみせるよ」
「だって、ファックしても感じないんだもの」
悲鳴に近い声に、隣の老婆の鼾が止まる。こけた頬から手を離し、思わずNは口元を覆った。触れた指だけでも、顔が赤らんでいることは分かる。
「そんなの嫌でしょ」
苦労して向けられた瞳は、涙で潤んでいるものの、ぼけてはいなかった。
「下半身不随なのに、楽しくないわよ」
「いや、でも」
背後のカーテンへ羞恥を逃がそうと躍起になりながら、Nは言った。
「セックスだけが夫婦ってわけでもないし」
「本当に?」
しどろもどろで返す言葉へ畳み掛けるよう、彼女は語気を強めた。
「子供は? 子育てなんか出来ないわよ」
「君、子供嫌いじゃないか」
「結婚したら作るつもりだった」
握り締められた手に、またもや溢れ始めた涙。ささくれた唇を噛み締める真珠のような前歯を見たとき、Nはようやく今の彼女の気持ちを理解した。
「もう嫌。私なんか放っておいて、他の女の人見つけたほうがいい」
ぎゅっと閉じられた目元に浮かび上がったのは、刷いたような朱色と、かつて彼女が持ち合わせていた子供っぽさだった。釈然とはしない。それでも、今までよりはずっといい。
「それこそ、馬鹿な話だよ」
熱っぽい頬骨のあたりを指先で辿りながら、Nは精一杯努力し、優しい声を作った。
「もう二度と、一人ぼっちにしない」
捏ねまわされる駄々に対する答えは、少し大袈裟なくらいがちょうどいい。
「大丈夫。ここにいるから」
急に粘り気を持ち始めた口ぶりなど全く気付くことなく、彼女の大きな瞳はじっと彼を捉え続けた。今はもう弱々しさを葬り去り、挑むような色さえ浮かべている。いや、最初から試されていたのかもしれない。
Nはもう一度、自らへ言い聞かせるようにはっきりと告げた。
「愛してる」
作品名:しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま 作家名:セールス・マン