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しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま

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「そう言えば、一昨日ホテルで食べたグラタン、海老グラタンってはっきり書いてあったのに、二つしか海老が入っていなかったんだ。しかも、こんな大きさの」
 指を丸め掲げてみせたのに、彼女は何も言わなかった。こんなことが起こる前だったら、腹を捩って笑っていたはずなのに。入院以来、彼女が笑っている姿を眼にした事がない。
「あそこ、駄目だよ。カジノの応対も悪いし。次泊まる時は、クラリッジに行こう」
 やっと見つけたハンドルは異様に重く、しかも錆び付いているのか嫌な音を立てた。腕に力を込めれば、バランスはあっけなく崩れその場に尻餅をつく。起き上がるまでの数秒は、甲高い笑いを期待したものだった。それなのに、彼女は天井を見つめたまま、ぴくりとも動かなかった。
 ハンドルを掴みなおし、首を振る。
「それともラスベガスか……何だかんだ言って、ニュージャージーなんて田舎だから」
「そうね」
 ベッドの上半分が持ち上がったころ、ようやく掠れた声が返ってくる。
「ここは嫌い」
 突き刺さるように感じるのは、彼女の口ぶりが余りにも沈んでいたからと、顔を上げたとき鼻先へぶつかりそうになった尿の入ったビニールのせいだった。
「ああ」
 口に出すことはなかったが、今朝は特に匂いが酷い。カテーテルが外れているのではないかと思い看護婦を呼びつけたが、異常はないと告げる冷たい口調は、Nはもちろん、彼女の心も大きく傷つけた。
「動けるようになったら、地元の病院へ移ろう。もっといいところに」
「早く帰りたい」
 虚ろな声色が、Nの言葉を無視するように被せられる。
「そうすれば、あなたも仕事に戻れるし」
「俺のことなんか気にするなよ。有給だってまだまだ残ってる」
 大嘘をつく。もっとも、上司の同情的な目つきから考えて、幾らでも情状酌量の余地はありそうだったが。
「退院したらゆっくり休んで、ラスベガスに行こうよ。あそこ、凄く立派な式場があるらしいじゃないか」
「式なんて無理よ」
 乾いた口調へ唐突に混じり始めた水気に、真上から顔を覗き込む。彼女は、痛みを堪えるように目尻へ皺を寄せていた。
「だってもう、ヴァージンロード歩けないじゃない」
「車椅子でも行けるさ」
「こんなのをぶら下げて?」