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茅山道士 麒妃と麟舒

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 翌朝 先に師匠が起きて顔を洗い、玉皇大帝(道教における最高神のひとりとされている神)に経をあげて礼節を尽くしてから麟を起こしにかかった。彼が包みから香木を取り出して麟の鼻のあたりへもっていくと、麟のまぶた 瞼がピクピクと動いてボンヤリと眼を覚ました。
「昨夜 誰かがおまえを連れに来たぞ。」
 緑青は取り出した物を、また丁寧に包み直して袋に納めた。この無差別譲渡道士は緑青がいないと、起きられない。もし、麟が眠っている間に緑青が香木をなくしてしまったら、麟は起きてこれなくなるのだから厄介である。
「いったい何の用でしょうね。」
 まだ、頭のほうがお目覚めではないらしく若い道士様はボーっと顔を洗っている。経を唱えて朝のお勤めを終えると、ようやくしっかりしてきたらしく上手にここから退出する考えは浮かんだか、と緑青に尋ねた。しかし、どういう考えが浮かんだのか、しばらくここに居座ろうと緑青が言い出した。
「なんで いきなり・・・・話がコロッとかわるんですか。」
「どうもこれは尋常な縁組じゃない。何か邪鬼でも絡んでいるように思えるからだ。 そこでだ。麟 道士の戒律で一番大切なのは・・・? 」
一番重要な戒律を忘れているわけがない。難無く麟は『魂を鎮めること』と答えた。緑青はうなず 頷いて しばらく滞在するために婿の話はうやむやにしくおくように言った。










 王家の当主は、ここ数日間の麟の曖昧な態度にしびれをきらしていた。その夜、王彦思は本人同志を逢わせるのが上策と麟を娘に対面させることにした。離れの灯りが消えてから家の者が麟を起こして案内して来た。連れられた部屋には次女に付添われた麒妃が待っていた。見目麗しい娘で 神仙の天女とも思える程美しかった。しばし麟は茫然とみつめていたが、正気を取り戻して彼女に近づき挨拶など交わした。
「夜分遅くのお呼びとは何か、お急ぎの御用でしょうか。」
 麟が突き放すように娘に向かう。次女は怒ったようだが、娘が次女を抑えてから「夜分遅くの呼び出すのは非礼なことと存じておりました。」と丁寧に頭を下げて謝罪した。
「つきましては、もうひとつ非礼を重ねますことをお許しください。私の父 王彦思が あなた様に婿入りのことを勧めておりますが、あなたは少しも良い返事を下さいません。何か至らぬところがあるのなら、それを正します。どうか、私の夫になって下さいませんか。」
 一瞬 緑青の顔と言葉が頭に浮かばなかったら、麟は間違いなく『はい』と返事をしていただろう。最初のお呼びの後 冗談まじりに、もし絶世の美女が相手なら理性がもたないだろうな、という話をした。最初 この無害の先輩はだんまりを決めこんでいたが、崩れるような理性は理性とは言えないのではないかと言い出した。それじゃ緑青師匠は大丈夫なんですね、と強調すると『もちろんだ』という答えが返ったのである。そのあまりにも真面目な顔と言葉が、今の瞬間に麟の頭に浮かんできた為に素直な返事が口から出て来なかったのだ。これがチャンスだと思い、若い道士は正否にはまったく触れず、全然関連性のない別次元の話に持ち込んだ。
 麒妃様、あなたの許嫁はどのように亡くなりましたか、麟は周囲の侍女達が止めるのも聞かず麒妃に対してこう問いただした。別に好奇心からではない。占いによって麒麟の許嫁が成立することがわかっているのだから、もしや麟舒という人物が不当な死に対面してしまったとも考えられたからだ。もし、そうならばおそらく彼は生き返り再びこの美しい娘を抱くことが叶うだろう。最初、思案しているらしかったが思い切って彼女は話し始めた。
「はい、私の夫となる麟舒の実家では私が嫁ぎました折りに使えるようにと離れをひとつ新築してくれました。その離れで麟舒が眠りましたところ、次の日の午後になっても起きて参りません。心配して家族の方がのぞ覗きに行ったところ麟舒は誰かに暴行されたらしく横死していたとのことです。」
 麟舒を殺した犯人はまったく分からずじまいということだった。麟はしばらく考えをまとめてから麒妃と共に麟舒が亡くなった場所を訪れてみることにした。その旨を緑青に伝えると彼も同行を申し入れて来た。麒妃が伴の者を数人連れて麟舒の実家に案内してくれた。麒妃の家からはそう遠くない距離で人通りもかなりあるところにあった。彼女が麟舒の家族に挨拶して許可を取っている間に緑青と麟は辺りを探したが別段変わった様子はなかった。離れに入ると麟は異様な威圧感に苛まれた。
「緑青師匠 この部屋は様子がおかしいので、少し調べてみてもいいですか。」
 緑青が了承すると麟は部屋の中央に立って眼を閉じて水明心鏡に精神を集中した。すると神棚にいかめしい身なりをした一人の男が現れ、眼を怒らせ剣を握りしめながら、
「この家はおまえのような者の来るところではない。すみやかに退出せよ。さもなければひどい目に合わせるぞ。」
 と、言った。麟は丁重に礼をして亡くなった麟舒のことを尋ねてみた。案の定、麟が先程言われたように麟舒にも警告がなされたのに彼はそれを信じず、そのまま眠ったので殺されてしまったのだった。
「それで麟舒は今、どこに居るか御存知でございましょうか。」
「麟舒なら わしが捕らえて牢獄につないであるわ。しばらくは己の罪を思い知らせてやるために滞めるつもりだ。おまえも早々に立ち退かんと同じ目に合わせるぞ。」
 なおも麟が話を引き出そうと試みたが亡霊は怒って麟に切りつけてきた。麟は慌てて現存世界へ戻ることだけを考えて瞳を開いたが、亡霊に対して障壁をこしらえなければ意味がない。案の定、亡霊が剣の柄で無防備な麟を殴ったので倒れてしまった。急に倒れたので驚いた緑青が近付くと麟の顔や身体に傷がついてゆくので、呪文を唱えて亡霊に対する障壁を造って急いで部屋を飛び出した。外では麒妃と家の者などが待っていたが、緑青の尋常ならざる態度にびっくりしてしまい周りが混乱に陥ってしまった。ひとまず、担いでいる麟を降ろして部屋の戸口に志怪を撃退するふだ符を貼って もう一度呪文を唱えた。動揺している家人たちを一喝して麟の手当をする部屋を頼み、この離れに誰も近づかないように指示した。
 気を失った麟はしばらくうなされていた。濡れたタオルを額にのせてやると、その冷たさで意識を取り戻した。麟の傷は思ったよりも軽傷だったが、あっちこっちにアザの青い花が咲いていた。見事なもんだ、と緑青は笑って麟が痛い目に合わされた亡霊の話を聞いた。誰かは判断できないが、昔の豪傑か武人だろうというところはおおよその見当がついた。次にどうやって麟舒を助けだして亡霊を幽冥界の者に引き渡すかが問題になった。ふたりは考え込んでしまった。いきなりの襲撃とはいえ、麟がひどく傷つけられたことを考えても相手はかなりの使い手なのだろう。緑青には見鬼(妖怪などの志怪の類いを見つける能力)の能力はないので実態を掴むことが出来ない。基本的な除霊で退くような人物とは思いがたいのだ。ふたりが角を突き合わせていると麒妃が入って来て、一端 屋敷へ戻ることを勧めにやって来た。今からすぐに助けに行くことは不可能なのでふたりは その言葉に従った。
作品名:茅山道士 麒妃と麟舒 作家名:篠義