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茅山道士  鵬退仙

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 緑青が待ち望んだ日はそれ程遠いものではなかった。鵬道士が消えてから七日後の夜、

緑青が庭でぼんやりしていると門の扉が音もなく開き鵬が入って来た。小脇には麟を抱え

ている。緑青が駆け寄ると鵬は麟を彼に預けて自分の部屋へ戻った。麟を渡された緑青も

その後に続いて部屋に入って戸を閉めた。
「どうやら何の騒ぎもなく、うまく納めてくれたらしいな。御苦労だった。緑青、おまえ

にまず話しておくことがある。それが済んだら子夏を呼び、今後のこの家のことを言うつ

もりだ。おまえはすでに気づいただろうが、わしは退仙した身なのであまり長くここにと

ど滞まってもおられぬのでな。」
 そう前置きした鵬は驚いて茫然としているり緑青にひとまず麟を寝台に寝かせるように

命じた。
「実はこの麟のことだが、今この者の内では二人分の真理が渦巻いているのだ。それ故に

目覚めることはない。」
 緑青には師匠の言う事の意味がほとんどわからなかった。鵬は定録府で自分の人間界で

身につけた術を麟にすっかり譲り渡すことの許しを得、麟に対してある術を使って自分の

秘術を写したのである。しかし、ひとつの器にふたつの物は詰め込めない。よって麟の持

つ記憶とそれに付随する形で鵬の経験と術を頭の片隅に置くようにした。こうすることに

よって麟が直接体験することで鵬の経験も麟のものと同化することになる。というような

形に頭の中を整理している真っ最中で、しばらく眼が覚めない。鵬が麟に写した術は緑青

や他の弟子たちには教えられていない秘術で書物にも書かれていないようなものだった。

これが中国道士法中で最高峰とされる茅山秘術なのである。しかし、緑青は他の道士仲間

から言い伝えとして聞いたことはあったが実際に実在することを知らない。そして自分の

師匠が茅山道士という最高の称号を持った優秀な道士であることもである。
「緑青、わしは麟にわしの持つ最高の術を授けた。それはまだ、おまえですら見たことも

ない術だ。しかし、これを使いこなし、わしの術を後の世に残すには経験が不足している

。わしとしては是非おまえに授けてやりたかった。だが、おまえの情けが深すぎるところ

は期日までに直らなかったので、麟に写したのだ。たぶん資質はおまえや子夏よりもずっ

と上だろうと思ったからだ。」
 この経験のない麟をどうか一人前の道士にしてやって欲しい、と鵬は緑青に頼んだ。そ

うすることで緑青自身も自分を高め、麟の持つ術を使うに相応しい人物に成長することだ

ろうと考えたからだ。緑青が能力を高め、自分の能力で麟から茅山の称号を取り得るなら

ばと考えての措置でもあった。
「よいか、緑青。 わしが良いと言ったら直ちに、この麟を連れて旅に出よ。諸国を行脚

し、経験を積ませよ。麟が一人前になったら、ここへ戻り、おまえが主となって共に修業

し弟子を教授しなさい。それまでは子夏にここを任せておけばよい。あれもおまえと同様

に一般の道士としては最高の腕を持っているからな。」
 それから・・・・と最後に鵬は付け足した。麟が術を使えるように教えてやらなければ

ならないので、しばらく麟の魂だけを茅山の頂きまで来させて修業させる。これから十二

日後に麟を迎えに来るからそれまでに麟の三尸を対外へ駆除させておくようにと言った。

三尸とは欲、殺生、邪淫その他の悪事を起こさせる原因、言い換えれば諸悪の根源といわ

れる人間の体内にいる志怪の類いのことである。また、これが庚申の日に天に上って人間

の犯した罪をこと細かに天帝に報告して人間を早死にさせるとも言われている。このよう

なものなので、道士はまず三尸を体内から駆除しなければ、道士としての目的を達するこ

とが出来ないので、駆除が道士の修行の前提となっていたのである。駆除法には約五百種

ほどが存在する。呪文をとな誦えたり、おはら呪いをする方法、薬をのんで駆除する方法

、おふだを使う方法、服気法、導引法などがその例である。

 その話の後 緑青の次の弟子である子夏を呼び残りの弟子達のことと家のことをこと細

かに教えた。若く修行も途中の弟子たちは泰山の道館(*作者注*道士となるために修行

する場、仏教でいう僧院)に行かせ、そこで修行を続けさせること。基礎的な鍛練の終わ

った者たちは子夏と緑青が責任をもって教えること。緑青が行脚に出た場合は子夏がこの

家を預かり、緑青が帰るまで主人となること。それから麟は今後、客分として扱い その

面倒は緑青がみること。
「どうして、麟は江の川岸にある里へ帰してやらないのですか? お師匠様」
 子夏は師匠の麟の扱いが納得いかないので、聞き返した。本来ならば身体の元通りにな

った麟は自分の故郷に戻してやるのが良策である。
「麟はゆえあって緑青の行脚について行くことになっている。その理由は長い行脚から戻

った緑青に聞いてみなさい。」
 師匠は多くは語らなかったが、言葉の端々には絶対的な命令口調が隠れている。子夏も

それ以上は問い返さなかった。










 外が騒がしくなった。子夏が戸を開けると弟子が皆集まっていた。口々に『お師匠様』

、『師匠』と叫んでいる。鵬は全員を顔を見てから少し微笑んだ。
「わしは死ぬわけではない。茅山の洞天に退仙して住むことになったのだ。これからは容

易に逢うこともないだろうが、子夏と緑青の言う事をよく聴いて修行に励みなさい。わか

ったな。」
 そう言うと鵬は入り口でかたまっている弟子たちを除けて外へ出て空に舞い上がって行

った。家のまわりを一、二度飛んで茅山のほうへ飛び去ってしまった。しばらく全員で茅

山の方向を眺めていたが、飛び去った者は戻る筈もない。諦めがついた者から順々に家に

入ったが最後に緑青と子夏が残った。子夏は緑青に向かって「行ってしまわれたなー」と

残念そうに言った。ふたりは家の中に戻って先程、師匠が言ったことについて話し合った

。この家を守る為に子夏ともうひとりの翰戚という一人前の道士になりたての者とまだ修

行を開始していない子供たちを残して後の修行者は道館へ修行にやることにした。そうす

ればたとえ緑青が旅に出ようとも街の仕事はこなせると考えたからである。麟の件につい

ては師匠の指示通り、緑青に一任する形になった。子夏にしても合点のいかぬ話だったが

、師匠の言い付けでは無下にすることも出来ない。その夜のうちに鵬の弟子が全員集まっ

て緑青と子夏が自分たちが指示されたことについて話した。皆は師匠の決定ならばと反対

はしなかった。それで泰山のほうへ行く者は準備が出来次第に出発することになった。
 
 麟が目覚めたのは次の日の午後遅くだった。側には誰もいなかったので辺りを見回した

。茅山の頂きで鵬師匠を待っている間、思わず寝入ってしまった。それから後のことは覚

えていない。起きたら師匠の部屋だった。なんだか、頭がやけに重い感じがするが・・・

・と思いながら部屋を出た。外には戚がいて薬草を陰干しにしているところだった。戚は
作品名:茅山道士  鵬退仙 作家名:篠義