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無口と饒舌と糸電話

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 あの日もこんな強い雨の日だった。辞書を貸して欲しいと訪ねてきた弥生は、傘をさしていたにもかかわらずずぶ濡れだった。どうしてそこまでと呆れながら部屋で少し雨が弱まるのを待つように勧めた。貸してやる辞書が濡れたら敵わないとか、そんなことを言ったような気がする。貸したタオルで濡れた髪や服を拭いていた弥生だったけれど、それでも寒そうで、私は着替えを貸してやることにした。礼を言って着替え始めた弥生。その下着姿に目を奪われそうになり、慌てて目を逸らした。頼まれた辞書を本棚から探しながら、それでも焼き付いたその肌が脳裏にちらついて仕方が無かった。幼馴染に対して何故こんなに落ち着きを失わなければならないのかと自嘲した。着替え終わった弥生はそれでもまだ寒いと言い出し、私のベッドに潜り込んだ。私は何を勝手に人のベッドに入っているんだと引っ張り起こそうとしたけれど、貧弱な私は逆に弥生に引っ張られ、何がどうなったのか、気がつけば弥生に覆い被されていた。そして、その場の空気に流されて、私達は初めてキスをした。

 その日から弥生とその岐路で別れずにそのまま私の部屋に来る頻度が徐々に高まり、そのたびに私達の行為はエスカレートしていった。親の不在をいいことにエスカレートする行為に耽っていた。

 それは単に惰性だったのかも知れない。けれどそれ以前から抱き始めていた、弥生に対する友情という言葉では割り切れない感情を満たすものではあったのだ。そこには確かに好奇心や欲望以外にも、私と弥生の想いがあると、そう感じていたから続けてきたのだ。そうでなければこんなことを続けていない。弥生が私を求め、それを黙って受け入れることが回答になっていると思っていた。その間、曖昧な相槌しか打たない私に弥生は嫌な顔一つせず、楽しそうに話しかけてくれていた。少ない言葉から意図を汲み取ってくれることもしばしばあった。だから行為を受け入れている私の意図も、相槌の中に込められた気持ちも、弥生は全て承知しているのだと思っていた。私は、そう思っていた。

 けれど、それは私の独りよがりだったのだ。私はただ、自分の気持ちを言葉にする努力を怠って、声を届け続けてくれる弥生に甘えていただけなのだ。

 幼い頃によく遊んだ糸電話。耳元に当てた紙コップから聞こえる弥生の声が好きだった。私はそこから聞こえる声に聞き入って一人で悦に入っていただけなのではないか。弥生の声を聞くばかりでこちらから返すことをしていなかったのではないか。耳に当てた紙コップからはもう、弥生の声は聞こえてこない。

 後悔ばかりが募る。弥生を呼び止められなかったこと。弥生の問いに答えられなかったこと。弥生にあんな問いをさせてしまったこと。私は馬鹿だ。毎日毎日、己の愚かさを呪った。それでも私は佐々木さんと何事も無いような顔で会話をしている。たまに見かける弥生も笑顔で友人に囲まれていて、誰も、私達の変化に気付かない。特別だと思っていた私達の関係は、始まったことも終わったことも、誰にも気付かれないようなものだったのだ。それならいっそ、何も無かったことにして過ごしてしまおうか。きっともう、弥生も呆れて見放してしまっているのだ。行動しようにも全て遅すぎるのだ。それに何度考えたって、上手い言葉は見つからない。

 またそうやって怠るのか?

 頭の中に冷徹な見下した声が響く。その声は自分からは何もしない私を罵った。
 うるさい。
 だって、私の手元の紙コップに繋がった糸の先に弥生はいないじゃないか。
 どんなに話しかけても、私の声が伝わることなど無いじゃないか。

 繰り返し聞こえる、過去の自分を呪う声にも、冷徹な声にも、言い訳ばかりの声にもうんざりしながら帰り支度を整えていると、廊下から視線を感じた。廊下を騒ぎながら歩く、友人の輪の中から向けられた弥生の視線。それはほんの一瞬のこと。ほんの一瞬の交差。
 もしかしたら。
 ひょっとすると。
 まだ。

作品名:無口と饒舌と糸電話 作家名:新参者