無口と饒舌と糸電話
「石田さんと杉浦さんって仲良いの?」
ある日の昼休み、教室の前を通った弥生と視線を交し合った直後に、佐々木さんに弥生とのことを訊かれどきりとした。ほんの一瞬の視線の交差を見咎められたのだろうか。
「そうなのかな? どうして?」
「だって、時々一緒に帰ってるの見かけるよ。この間も呼びに来てたし」
ああ、そういうことか。確かに珍しい取り合わせの二人が一緒に帰っているのを何度か見かけたら不思議に思うかもしれない。
「家が近所なんだよ。それで昔からたまに一緒に帰ったりするんだけど」
「あ、そうなんだ。やっぱり仲良いんじゃない」
そう言って佐々木さんは可笑しそうに笑っている。私には何が可笑しいのかちっともわからなかったけれど、佐々木さんに合わせて口元をいびつに歪めていた。
「そう言えば石田さんの家ってどの辺りなの?」
そう尋ねられ、大体の場所を告げると、佐々木さんも途中まで同じ道を通ると言う。へぇと相槌を打ったところで、なんと返して良いのかわからなくなった。
「じゃ、今日、一緒に帰ろうか」
どう考えても墓穴を掘ったとしか言いようが無い。少しは慣れてきたとは言え、ほんの僅かな時間の会話すらしどろもどろになることがあるのに、道中何を話すというのだ。なんとか佐々木さんが会話を弾ませてくれることに期待するしかない。もしくは佐々木さんに用事があって断ってくれるかだ。正直、それが一番助かる。けれど。
「あ、いいねえ」
その言葉で私は佐々木さんと帰ることが決まってしまった。それから午後の授業はずっと己の愚かさを呪うことに費やされた。
「あれ? 杉浦さんは一緒に帰らないの?」
靴を履き替え歩き出そうとしたところで、佐々木さんは不思議そうに尋ねてきた。いつも一緒に帰っているわけではないことを伝えると、佐々木さんは納得したのかしていないのかよくわからない表情をしていた。けれど、私はそれどころではなく、何を話そうということしか頭に無かった。
「石田さん、細くて羨ましいな」
どんな話の流れだったのか佐々木さんにそう言われ、弥生に事あるごとに言われるもっとしっかり飯を食えという言葉を思い出し苦笑する。本当は自分の貧弱すぎる体が嫌なのだけれど、ここでそれを言うと角が立つことはわかっているからなんと返すか悩む。
「腕とか凄い細いし、無駄な肉なんてなさそう」
「無駄な肉どころか、必要なところも無いんですけどね」
どうにも居心地が悪く、本音が漏れた。けれど、佐々木さんは楽しそうに笑う。
「それはそれで良いんじゃない? 石田さんは背も高いし、スレンダーな感じがいいと思うよ?」
スレンダーとは便利な言葉があったものだ。要は胸がないことは否定されていないのだと可笑しくなった。
「私ももう少し痩せないとなぁ。夏だし」
「え、佐々木さんは気にすること無いんじゃない? 丁度良い感じだと思うけど」
「そんなこと無いんだよ。こう、この辺りがですね、酷いわけです」
そう言ってお腹の辺りをさすっている。その言いようが可笑しい。それから何か気をつけている事があるのか尋ねられたけれど、私はただ食事すら面倒臭がっているだけだから、お勧めは出来ないというようなことを話した。佐々木さんはよく笑った。
そうしているうちに岐路に着き、それじゃあと別れる。手を振りながら、意外に何とかなるものだと胸を撫で下ろした。途端に体が重くなったように感じた。やはり、会話はくたびれる。重い足を一歩一歩前に踏み出していると、耳に馴染んだ声で呼ばれた。
振り返り弥生が隣に来るのを待つ間、もう少し学校を出るのを遅らせていたら、弥生に助けを求められたのかと少し悔やんだ。けれど、それも弥生にしたら迷惑な話だろう。そもそも、弥生が帰る時間はいつもまちまちで、どれくらい待てば良いのかなんてわかりはしないのだ。
「佐々木さんと仲良くなったの?」
尋ねる弥生に答えようにも自分でもよくわからない。確かによく話し掛けられはするし、それに応じてもいる。けれど、仲が良くなったと言って良いものだろうか。首をひねり、唸る。
「結構楽しそうに話してたみたいだったけど」
見ていたのなら声を掛けて助けてくれてもいいじゃないか。抗議の視線を送ったけれど、弥生は気付かないのか薄く笑みを貼り付けたまま、もう他の話題へと移っている。もやもやとした気持ちをそのままに、私は相槌を打ち続けた。いつにも増して話題をころころと変える弥生に、相槌を打ち続けた。