無口と饒舌と糸電話
「ねえ、昼に石田さんが読んでた本なんだけどさ」
帰り支度に取り掛かろうとしたところで隣の席から声を掛けられた。席替えをしてからというものこの佐々木さんによく話しかけられる。今まで話したことが無い上に、これからまだ半年以上も同じ教室で過ごすことになる相手。だから曖昧な相槌だけで済ますわけにもいかず、いつもなんとか言葉を捻り出すのに必死だ。今回は私が昼休みに読んでいた本が佐々木さんもお気に入りなのだということだった。
「へえ、そうなんだ。私これ初めて読むんだけど面白いね」
「でしょ! なんか色々話したいけど読み終わってからの方がいいよね」
嬉嬉として話し始める佐々木さんに相槌だけで終わらせてしまうのも申し訳なくて、もう少し話を続けてみた。
「佐々木さんは他にどんなの読むの?」
そう尋ねると、私の読んだことのある本の題名がいくつか出てきた。これなら話が続けられるだろうか。
「あ、それなら読んだことあるよ」
「本当!? どうだった?」
しまったと思った。感想のように自分の考えを言葉にするようなことは最も苦手とするところだ。語彙が貧困なせいだろうか。思いつく言葉は自分の考えとは微妙に食い違っていて、上手く言い表せられない。途切れ途切れの言葉を捻り出し、なんとかその場を繕う。それはやはり自分の中にあるものとはずれていたけれど、佐々木さんにそれを正確に伝えることに大きな意味はないと諦める。それよりも会話を滞らせないことの方が重要だ。佐々木さんの感想なども聞いてみたが上手く会話が回らない。
ああ、会話が途切れてしまう。
「奈々、帰らない?」
背中に変な汗をかき始めたところで教室の入り口から弥生に声を掛けられた。
助かった。
慌てて帰り支度を済ませ、佐々木さんに一言挨拶すると席を後にする。弥生が話し始め、それに相槌を打ちながら歩く。とても気が楽だ。
「奈々、さっき話してた子って佐々木さんだっけ?」
尋ねられ頷く。クラスが違っても人の顔と名前が一致しているあたり、さすがだと感心した。
「あんまり目が泳いでたから声掛けたけど、よかった?」
大助かりだと頷く。それにしても遠目で見てわかるほど酷かったのだろうか。佐々木さんが気付いていたら申し訳ないことをしてしまった。気を悪くしていなければ良いけれど、これで私に話しかけることを断念してくれるのならそれもまた良いような気もする。
「ちゃんとクラスの人とコミュニケーションとりなよ?」
思考を読まれていたかのような弥生の言葉に、思わず変な声が漏れた。その声を聞いて弥生は大声で笑っている。何か用事があって話すのなら構わないのだ。その目的を果たすための言葉を連ね、用事が済めばそれで会話も終了。なんの問題も無い。そういうことならきちんと話すことが出来る。問題は雑談だ。会話を途切れさせないための会話というものが本当に苦手だ。その努力を怠って会話を避けるようになってからは更に苦手意識が強くなったような気がする。息を吐くように次々と話題が出てくる弥生の頭の中を覗いてみたいものだ。
「あ、そうだ。この前の漫画の続き貸してもらおうかな。いい?」
頷く。こんなことを尋ねてくる弥生に少し違和感を覚えた。いつも何も言わずに着いてきて、何食わぬ顔で部屋に上がりこむというのに。けれど、それはとても些細なことで、家に着いていつも通りコトを済ました時には、もうそんなものはすっかりどこかへ行ってしまっていた。