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circulation【2話】橙色の夕日

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 私は、今どんな顔をしていたのだろう。
 笑顔を見せると、背中に添えられていた手がぽんぽんと軽く背を撫でて離れた。
 フォルテに、いつも幸せでいてもらって、なおかつ皆にも心配をかけないで生きていけるようになりたい。
 理想と現実の差に、もれそうになるため息を飲み込んだ。
 難しいなぁ……。

「あ、すみません。皆さんへの依頼報酬をお支払いしますね」
 ファルーギアさんが、今気づいたように慌てて財布を引っ張り出す。
「この後、ファルーギアさんはお一人でフィーメリアさんの探索に行かれるのかしら?」
 千ピース札二枚を受け取りながら、デュナが問う。
「いやぁ……それが、ちょっと私では難しい気がするので、また掲示板へ依頼を貼りに行こうかなぁと思ってます……」

 一瞬の沈黙。

 張り出すとしたら、今度こそ緊急のマークをつけた方がいい。
 管理局の人へ声をかければ、手配をしてくれるだろう事を伝えないといけない。
 そう確信した時、スカイが思いがけない……いや、予想通りの言葉を口にした。
「俺達でよかったら、すぐにでもフィーメリアさんの探索に行くよ」
「よ、よろしいんですか?」
「うん。フィーメリアさん、心配だもんな」
 きっと、スカイの言うところの心配している人は、ファルーギアさんを指しているのだろう。
 早く無事な姿を見たいだろう。と、それを見せてやりたいという驕らない気持ちを
 真直ぐに感じられる言葉だった。
「ありがとうございます」
 見つめ合う二人の間へ、デュナが強引に割り込む。
「追加報酬を相談させていただけるかしら?」
「は、はい。もちろんです。ええと、相場がよく分からなくて……おいくらがよろしいですか?」
「あら、言い値でいいのかしら?」
 デュナのメガネがくすっと笑うように煌めく。
「はい……?」
 肯定の言葉に疑問の響きが乗る。
 笑顔を貼り付けたまま一筋の汗をたらすファルーギアさんを
 デュナ以外の全員が哀れみの眼差しで見つめた。


「よし。これでいいわ」
 大きな地図を、片手に持てるサイズの紙へと書き写していたデュナが
 その手を止めて、満足気に二枚を見比べた。
 後ろから覗き込むと、デュナの持つ紙には線と記号がびっしり埋め尽くされている。

「それ……一階から三階まで全部写したの?」
「ええ、念のためね」
 あの大きさの地図を簡略化しつつ、罠の位置や注意点は逃さず記入しているその手腕も凄いと思うが、どちらかといえば、その記入の速さに驚かされた。
 普段から、手帳に向かってあれこれ計算したりメモしたりしている彼女ならではといったところか。
「また建物内か……」
 ちら、とスカイが降ろしている荷物を横目で見るデュナ。
「けど私有地なのよね? 少しくらい壊しちゃってもいいかしら」
 小さな呟きが、傍に居た私にはギリギリ聞き取れた。
「爆発物は危ないと思うよ、なんだか、遺跡の中ボロボロだったもん」
 私が小声で告げると、デュナは
「ああ、そうね。築四百年は経ってるものね」
 と納得した風に答えた。
 四百年……って……。
 もし、その間一度も手入れがされていないのだとしたら、
 私が思って居るよりも、遥かに崩れやすい状態なのではないだろうか。
 しかも、遺跡は地中に埋まっているわけである。

 崩れたら……生き埋めだよね?

 なんだか、昨日よりも危険なクエストになりそうな気がしてきた。
「昨日の事もあるし、回復剤は多めに持って行こうかしら」
 薬品を使うのを諦めてか、荷物からごそごそと精神回復剤を引っ張り出すデュナに
 ファルーギアさんが声をかけた。
 先程まで、部屋を出ていたはずだったが、いつの間に戻ってきたのだろう。
 彼は、小柄なせいもあるのかも知れないが、何となく影の薄い人だった。
「あ、遺跡の中では魔法は使えません」
「へ?」
 ファルーギアさんの言葉に、デュナが何だか抜けた声を上げる。
「遺跡内部は結界で覆われていて、精霊が入れないようになっているのです」

 そういえば。と思い出す。
 遺跡に降りる際に、ロッドへ光を集めてくれた精霊が、精神を食べた後すぐに消えてしまったのが気になっていたのだった。
 いつもなら、おかわりはないかと、しばらく私の周りをふわふわと漂っていることの多い子だったのに、今日は、私が遺跡の入り口に足を踏み入れた頃には消えてしまっていた。

「えーと……。それは、一切魔法が使えないという……事かしらね」

 デュナが引きつりながら聞き返す。
「はい」
 ファルーギアさんがにこやかに返事を返すと、デュナが静かに頭を抱えた。
 私達は四人パーティーだ。
 しかし、実質戦闘員は三人で、パーティー登録証にも、もちろん三人の名前しか書かれていない。
 フォルテはまだ十二歳で、職に付くことが出来ないからだった。

 魔術師、魔法使い、盗賊。
 我がパーティーは、その半分以上が魔法使いで構成されている。
 よって、魔法が使えないとなると、その実力は当然半分以下になる。
「ああー……ええと、その分、魔物も居ませんので……」
 あからさまにげんなりとしてしまったデュナに、ファルーギアさんがあたふたと声をかける。
 遺跡内で戦闘になる可能性は無い。と言う事か。
「じゃあ行きましょうか……」
 どことなく覇気のない感じで、デュナがふらりと部屋を出ようとする。
 その背中を慌てて追ったファルーギアさんが、千ピース札を差し出す。
 見たところ、五枚以上は重なっている感じだ。

 前金……かな?

「報酬は、フィーメリアさんを連れ帰ってからでいいわ」
 それをデュナがそっと押し戻した。
 クエストの報酬というのは基本的に後払いである。
 長期のクエや準備にお金がかかるようなクエの場合は別だが
 今回はそういうわけでもないし、クエが必ず成功するとも限らない。
 いや、もちろん成功させたいとは思っているけれど……。

 デュナの表情はメガネに隠れて見えなかった。
 現金に弱いデュナの事だから、きっと複雑な心境で返したのだろう。

 遺跡の入り口に着いた頃には、デュナのやる気は満々になっていた。
 遺跡に向かう林の中で、デュナがじっと俯いて歩いていたのは
 もしかすると、さっき目の前に差し出されたお札の使い道を考えていたのかもしれない。

「フォルテ、本当についてくるのね?」
 遺跡に入ろうかというところで、デュナがもう一度確認する。
「遺跡が崩れてぺちゃんこになっちゃうかもしれないわよ?
 私は、今回魔法が使えないから、あなたをちゃんと守れる自信が無いの。
 それでもいいのね?」
 デュナの包み隠さない言葉にフォルテがこっくりと頷く。
「うん。ついていく」
「そう、じゃあ行くわよ。今回はスカイが先頭ね。私は一番後ろから行くわ」
 デュナは昔から、本人の意思を第一に尊重する。
 私が、フォルテを手放したくないと言ったときも、フォルテが、私達の冒険について行きたいと言ったときも。
 まあ、スカイだけは意思を完全に無視されている気がしなくもないが。

 普段はデュナ、私、フォルテ、スカイの順で歩くのだが、今回はスカイとデュナが入れ替わるらしい。