circulation【2話】橙色の夕日
一瞬の沈黙に、デュナの声が、廊下から遠く聞こえる。
途中でファルーギアさんに追いついたのか、メニューを提案しているようだった。
と、近くで響くお腹の音。それに重なるスカイのあくび。
とにかく、話はご飯と休息を済ませてからがいいだろう。
私としても、非常に気になる内容ではあったが、全身からのんびりとした空気を放出していてるフィーメリアさんを見ていると、そう急がなくてもいいような気がしてきた。
「私、ひとまず白湯を貰ってきますね」
あ。重湯のほうがいいかな……?
キッチンに行く途中にはデュナも居るはずだし、聞いてみることにしよう。
私は、まだ恥ずかしそうにしているフィーメリアさんに挨拶をすると、部屋を出た。
「ラズ」
その声に振り返ると、スカイはまた大あくびをしていた。
「俺も、ちょっと寝てくるな。話を聞くときには起こしてくれるか?」
「うん、分かった。デュナとファルーギアさんも睡眠をとると思うから、ゆっくり寝てていいかもね」
「おぅ。おやすみ」
ひらひらと手を振って、スカイが背を向ける
「おやすみ」
私の声に、再度手を上げると、そのままおぼつかない足取りで階段を上がっていった。
フィーメリアさんの食事を見届けると、やはりデュナとファルーギアさんは布団に潜ってしまった。
時刻はやっと六時になろうかというところだったが、フィーメリアさんまでもが、体力が低下しているためか眠そうにしている。
私は、このまま夜まで起きていられそうではあったが、あまり皆と起床時間がずれるのもよくないだろうし、皆に付き合ってもう一眠りすることにしようか。
そうして、全員がフィーメリアさんの部屋に揃ったのは昼を回った頃だった。
フィーメリアさんの前に一人立たされたフォルテが、ほんのちょっと不安そうにこちらを振り返る。
「特別にフォルテを占ってくれるんだって」と説明した時には、嬉しそうにしていたのだが、動くフィーメリアさんと初めて対峙したせいか、人見知りが出ているようだ。
私が笑顔を見せると、フォルテは少し落ち着いたのか、フィーメリアさんに向き直る。
それを見て、フィーメリアさんが
「何も心配することないわよ、ちょっと私の前に立っていてくれれば、すぐ済むからね」
と、ファルーギアさんを上回るのんびりさで、ゆっくりとフォルテに話しかけた。
こっくりとフォルテが頷く。
フィーメリアさんは、流動食に近い昼食を全部平らげて、もっとこってりしたものが食べたいと言っていた。
血色の回復した張り艶のある顔を見ると「やつれた」と言ったファルーギアさんの気持ちもわからなくはないような気になる。
フィーメリアさんがおもむろにフォルテに両手をかざす。
彼女が目を閉じた途端に、一人、また一人と、どこからともなく小さな精霊の子供達が集まってきた。
私が普段よく目にする光の精霊に、デュナがよく使う風・水・大気の精霊。
水の精霊は、他に比べると数が少ないようだ。
サワサワと葉っぱを束ねたような髪を揺らす精霊は、緑の精霊だろう。これもまた、結構な数だ。
他にも、何の精霊だかよくわからないような子までうろうろしている。
本当に、沢山寄って来るものなんだなぁ……と呆気に取られる。
……見えているのは私だけだろうけれど。
どの子も、仕事が与えられるわけでなく、ただ近くで集まって遊んでいるだけのようだ。
わーわーきゃーきゃーと楽しそうに駆け回る精霊達に、ぐるぐると纏わり付かれるフィーメリアさんは、どう見ても、集中しづらそうだった。
ふっと目を開けるフィーメリアさん。
それが合図だったかのように、精霊達は散り散りに消えて行く。その表情は楽しげで、
一体何が楽しかったのかよくわからないが、精霊の子供達にとって遊びのひとつなんだと解釈する。
「ええと、ごめんなさいね。上手く集中できなくて、はっきりとはわからなかったのだけど……」
フィーメリアさんの言葉に、デュナがフォローを入れる。
「病み上がりだもの、無理しなくていいわ」
デュナは、滅多なことでは敬語を使わないのだが、今までそれが元でトラブルになったこともなかった。
きっと相手をよく選んでいるのだろう。私には到底真似できそうにないが。
「何か大きな流れを司る神様の加護みたいね。 良い流れを司っている神様なのは確かだわ」
「良い流れ……?」
スカイが首を捻る。
ほんのちょっとだけ間をおいて、デュナが言う。
「……たとえば、幸運とか?」
その言葉に、フィーメリアさんが瞳を輝かせた。
「ああ! そうね。そうかもしれないわ。女性神のような雰囲気を感じたの、それにちょっと気まぐれな感じもあったし……。幸運の女神だったのね。きっと」
ふんわりと、嬉しそうに微笑むフィーメリアさん。
何だか癒される人だなぁ……。
占い師としては、いい事だろう。
私も、こういう人になら相談を持ちかけたくなりそうだ。
ふと、隣に立つデュナの表情が険しいことに気付く。
何か気がかりなことをじっと思案しているような、そんな真剣な目だ。
声をかけようか一瞬ためらった隙に、デュナはパッと表情を切り替えると、ファルーギアさんへ笑顔を見せた。
……笑顔?
「さあ、依頼は無事達成と言う事で、報酬の話をしましょうか?」
どうやら、成功報酬の金額について、これから交渉にかかるようだ。
なんというか、ハッキリ言って、デュナは金額交渉が好きだった。
前もって決まっている提示額を受け取るよりも、交渉によって勝ち取った金額の方が嬉しいようだ。
そもそも、デュナと交渉をして、負けない相手はなかなか居なかったが。
ファルーギアさんはまさに、デュナにとって美味しい客そのものだった。
ニヤリ。と微笑み、メガネを反射させるデュナは、どう見ても悪い顔をしていた。
書物と人でごった返す、ザラッカの中央通りへと足を踏み入れる。
ファルーギアさん達に見送られながらお屋敷を出て、図書館へ本を返したその帰りだ。
図書館からそのまま一本裏側の道を通っていけば、ザラッカの出口まですぐに着くはずだったが、フォルテと、クエストが終わったらゆっくり置物を見に来る約束をしていたため、私達はまた街の真ん中辺り。掲示板のちょっと向こう側に店を出していた例の露店へと向かっていた。
あの置物が視界に入ると、フォルテは小走りで駆け寄って行く。
スカイが慌てて後を追う。
人ごみを器用に掻き分けて行く二人の背中を眺めながら、お屋敷を出る時に、フォルテがフィーメリアさんに言われていた言葉を思い出していた。
『あなたを守っている光はとても強いわ。強すぎる光に照らされれば、どうしても後ろには強い影が生まれてしまうものだから、よく気をつけてね』
何をどう気を付ければいいのか分からないまま、とりあえず頷くフォルテに、同じくサッパリ分からない私では説明できず、デュナを見上げる。
その横顔が、驚くほど辛そうな表情でフォルテを見つめていて、思わず声をかけそびれてしまったのだ。
チラと、隣を歩くデュナの横顔を見る。
作品名:circulation【2話】橙色の夕日 作家名:弓屋 晶都