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circulation【2話】橙色の夕日

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 そういえば抱えたままだった。という雰囲気をちらっと感じたが、デュナはそこからさらにぐりぐりと頭を撫でた後、満面の笑顔で私を解放してくれた。
「ええと……。どういうことだったの?」
 ぐちゃぐちゃになってしまった前髪を、仕方なく手櫛で整えながら問う。
「ラズが読んでくれた部分はね、精神力に反応するインクで書かれてたのよ」
「……というと?」
「精神力の高い人じゃないと読めないって事ね。
 私ではインクが薄くて、何か書かれてるみたいなんだけど……ってくらいにしか見えなかったもの」
 意外な事に、私の精神力はMAXの状態でデュナのそれを上回るのだ。
 まあ、一度に使える精神力が多くても、それをきちんと使いこなせていない以上、私の実力が、やはりデュナとは比べ物にならないほどに劣っているのは確かだが。
 単純な威力にかけては、引き換えにできる精神力が多い分、デュナよりも沢山の力を集めることが出来るというのも、また確かだった。
「へぇー、そうだったんだ」
 髪をやっと整えて、帽子を被り直す。
 そこへ、スカイとフォルテがパタパタと駆け寄ってくる。
「いやー、辛かったよ。いろんな意味で」
 相変わらず爽やかに話すスカイの口調からは、あまり辛かったような気配は感じとれないが、彼がそう言うなら、そうとう厳しい戦いだったのだろう。
 デュナが、張り紙をフォルテに見せている。
「うーん……何か書いてあるよね……かすれててよく読めないけど、字だよね?」
 じっと紙の下を凝視するフォルテの言葉に
「フォルテは私と同じくらい精神力がありそうね」
 と、デュナがメガネを光らせる。
 それは、嬉しい事なのだろうか、悲しい事なのだろうか。
 メガネに隠れてしまって、デュナの表情は見ることが出来ない。
「んー……? なんか書いてあるか??」
 後ろから覗き込んでいたスカイが、紙を手元まで引き寄せ睨みつける。
「あんたには見えないわよ」
 デュナが呆れたような声と共に、スカイの手から紙をひったくった。

 紙に幾度も開いていた穴は、あの字が読めない人達の数を物語っていたのか……。
 確かに、金額も良いし、場所はここザラッカだ。
「あれ、けど、それって結局、精神力の強い人じゃないと受けられないクエストだったって事で……」
 つまるところ、デュナのレベルでも難しいクエストなのでは……と気付いた途端。
 昨日の巨大人形の影が脳裏を過ぎった。
 内容を確認しようと、デュナに近付こうとしたとき、窓口からさっきのおじさんが顔を出した。
「安心していいよ、お嬢ちゃん。仕事の内容は簡単で、危険も無い」
 お嬢ちゃん……だなんて、久しぶりに言われた気がする。
 なんだか気恥ずかしく思っていると、管理局のおじさんは、冒険免許とパーティー証をデュナに返しながら続ける。
「依頼人の私有地にある精神力反応の扉を、開ければいいだけだそうだ」
 デュナの背後から覘いた紙には『依頼内容:鍵開け』とだけ書いてあった。
 なるほど、これでは確かに、腕に自信のある精神力皆無の盗賊さん達が、場所も金額も良いこの張り紙を剥がして来るだろう。
 もっと他に書き方があるだろうものを……。

 おじさんは、いつのまにか眉根を寄せていた私に気付いたのか
「こちらでは内容を書き換えたり出来ないものでね」と苦笑いを返してくれた。

「さあ、早速依頼主のお屋敷に行くわよー」
 デュナが、白衣の内ポケットに免許証等をしまいこむと、くるりと方向転換をした。
「また屋敷なのか……」
 スカイがなんだかげんなりと返事をする。
 屋敷という単語に対するイメージが、彼の中でどういう物になってしまったのかが垣間見えた気がする。
「なんでも、ザラッカで一番広いお屋敷らしいわよ」
 ……あんまり嬉しくないなぁ。
 不安げに、足元にフォルテがまとわりついてくる。
 いけないいけない。私達がこんな態度ではフォルテにまで無駄な心配をさせてしまいそうだ。
 なるべく優しく、明るく声をかける。
「フォルテ、大丈夫だよ。扉の鍵を開けたらいいだけだってさ。危ないこともないからね」
「うん……」
「すぐ終わるから、そしたらまたあの置物でも見に来よっか」
「うんっ♪」
 私の言葉に、顔を上げたフォルテの瞳は、既に私ではなくあの青い液体を捕らえているかのようだった。
 一体、どこをそんなに気に入ったのだろうか。
 確かに心癒される置物ではあったけれど……。
 フォルテの態度に引きつった笑顔を浮かべていたであろう私の肩をポンとスカイが叩く。
 振り返ると、デュナはもう先を歩き始めていた。


 デュナの言ったとおり、お屋敷は広かった。
 いや、正確に言うならば、そのお屋敷の建つ、私有地が広かった。

 建物自体はマーキュオリーさんのところと同じか、それより少し小さいくらいだろう。
 しかし、その庭……と言っていいのだろうか、ぐるりとお屋敷を背後から取り囲む林と、その向こうにわずかに盛り上がって見える小高い丘までが、今回の依頼主の土地らしい。

 問題の、開けられなくなっている扉のあるらしい遺跡を目指して、私達は今、依頼人のファルーギアさんの案内で林を歩いていた。
 ファルーギアさんは三十代前半ほどの小柄な男性で、線が細い……というよりも、なんだかやつれた印象を受ける人だった。
 仕立てはしっかりしていそうなのに、一体どれだけ長いこと着ていたのだろうか。そう思わされてしまう程にくたびれた朽葉色のシャツに、苔色のベストを羽織っていた。

 林には、なんとか人一人分が通れる程度の道が出来ていて、ファルーギアさんの後ろを、デュナ、私、フォルテ、スカイの順に一列になって歩く。
 道すがら、ぽつりぽつりとファルーギアさんが事の次第を話してくれていた。
「……と言う訳でして、姉は六日前に遺跡へ入ったきりなのだと思うのです」
「遺跡には食料の貯蔵があったりするの?」
 デュナの問いに、ファルーギアさんはこれまでと同じ、落ち着いた声で
「いいえ、まったくありません」と答えた。
 前を歩くデュナの横顔が一瞬引きつったような気がする。
 果たして、人は六日間も飲まず食わずで生きていけるものだろうか……。
 私達の受けた依頼には、緊急のマークも非常事態の表記もなかったと記憶している。
 けれど、ファルーギアさんの話しによれば、彼の姉であり、家を支える大黒柱の売れっ子占い師のフィーメリアさんは、六日前の夕食後に占いのため遺跡に入ると彼に告げた後、今日まで、屋敷の誰もがその姿を見ていないのだそうだ。
 難しい占いに集中するため、離れ代わりに使われていた遺跡は、フィーメリアさんが占いの際に数日篭ることもあるそうで、最初の二日は誰も気にしなかったらしい。
 三日目になり、彼女がずっと食事に来ていないという報告を受けて、やっとファルーギアさんが依頼を出したという事らしいのだが、やはり依頼の紙にはそんな記述も無く、私達が来るまでに四日を要してしまったわけだ。
 もし、ファルーギアさんが管理局の人に事情を話していたなら、管理局から近くにいる冒険者に連絡を取って、すぐ向かってもらうというような事も可能なはずなのに……。