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茅山道士 お試し版

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 この頃の慣習で死者は自分の生誕地である場所に埋葬されることになっていた。しかし、たまたま旅の途中で亡くなった者や働きに出て死んだ者たちは自力で戻って来ることが出来ないので人造のキョンシーにされて運び専門の風水師か道士に操られて故郷へ帰るのだった。
「俺にこの像が壊せるというのか。」
 男は確信を持って壊せると言った。麟をかなり位の高い道士だと見破っていた。緑青は男の存在に気付きもしなかったが、麟は水明心鏡の術を使い男の居場所まで、すぐに突き止め、男に接触してきたからである。男は今までたくさんの道士が通り過ぎて行くのを見送った。誰も男の存在に気付かなかった。しかし、麟は違っていた。麟はカラカラ笑いこんな若輩者が大層に見られたものだと言った。真夜中の森に麟の笑い声だけが響く。心鏡を使って男と話しているので、男の声は外に聞こえない。誰かがこの様子を見ていたら、麟は狂っていると思われただろう。幸いか祝いの席からはず外れて来る物好きはいなかった。
「冗談ではない。おまえは歳の割に相当な者、茅山道士の域に達した道士だと見たが、おそらくは正解であろう。たが、正否はあえて問わぬ、おまえは口に出せぬことだからな。」






 茅山道士は中国道士法中で最高峰される"茅山秘術"を修めたる者を指し示す。元来 道士とは道教を奉じ、道術に通じる者の称号である。その教えである道術には仙道、気巧、武術、占術、符呪、など多くの秘術がある。一般に道士には道教の正式な儀式を司る者で、生きた人間のための行事を主として執行する"紅頭道士"と、葬式や死者の追善供養を主として執行する"鳥頭道士"とが存在する。 茅山道士はこの一般的な道士とは完全に区別されて、これらとは無関係に、この十九世紀 清朝時代に於いても脈々と系譜を保ち、神秘のベールに包まれた、ごく少数の限られた道士集団として存在した。道士の中でも選ばれたひと握りの人々が口伝によって密かに伝授されるために、道士仲間でもいったい誰が茅山の称号をつけているのか知る者は少ない。また、茅山道士本人も他人に自分の身分を明かすようなことはしてはならなかった。男は再度、像を壊してくれるように頼んで来た。しかし麟はそれをはねつけ拒絶した。麟の持つ道士としての勘が男を解放することに警鐘を打ち鳴らしたからである。男は完全な拒絶を受けてしばらく絶句した。それから声高らかに笑い出した。驚いた麟は水明心鏡を閉じてしまったが、それでも男の声は聞こえている。
「ならば、仕方あるまいな。おまえが私をおとなしくここから出してくれさえすれば、危害を加える気なぞなかったのだ。」
「では、どうする。そこからでは俺に手をかけることもままならないだろう。」
 麟がこう言うと男は更に声を高く笑った。道士がキョンシーをたった一体のみを故郷へ届けるために旅するとおもうのか、と言った次の瞬間、どこからか三体のキョンシーが現れて像のまわりを囲み静止した。麟がキョンシーと闘って敗れれば男と麟を入れ替えられる方法を男は体得していたらしい。
「なぜ、今までこのキョンシーを使わなかった? そうすれば迷わずに冥界に行けただろう。」
「誰が冥界へ逝くと言った。キョンシーを使って像を壊そうと思えば何時でも出来たのだ。だが、私が解放されても滅んだ私の骸が戻る筈もない。だからキョンシーを使い噂を流し、私に合う身体を手に入れようと待っていたのだ。おまえがおとなしく私を出しさえすれば、一時、おまえの相棒の身体で間に合わせるつもりだったが、それを拒絶するならばおまえの身体を貰い受けるまでのこと。心配するな大切に使ってやる。」
 言葉が途切れたと同時にキョンシーが三体とも飛び上がり麟に向かって攻撃してきた。護符を貼ったキョンシーは貼った道士の命令に従うので、まず一体ずつ護符をはず外すことからはじめなければならない。札のないキョンシーは人間をその長く伸びた爪で刺し殺し生暖かい血を飲む。やっかいなことになった、麟は言い捨てて像から飛びの 退いて一体のキョンシーの背後についた。キョンシーはすぐに向きを変え鋭く伸びた爪で麟を刺そうとかかって来る。その突撃をかわして額の札を外した。札を外したキョンシーは狂暴性を増して襲いかかる。数歩退き、精神を集中して印を切り自分の人指し指と中指の指先を噛みちぎった。その指先から流れた血をその額につけた。すると血が札の代わりとなって、その動きは止まる。一体を片付けるとすぐ後ろに二体が迫って来ていた。一体を蹴りで引き離し一体の札を外した。遠ざけたキョンシーが目前に迫って来ている。その札も外した。これで男のかけた術は取り除かれ人の生き血を欲するただのキョンシーに戻った訳である。二体の動きを封じ込め額に麟の血で印をした。だが、残念ながら麟はこの場に仙桃木剣(*注*たつみ 東南の方向を向いた桃の枝で造られた木剣で志怪を倒すのに用いられる)も當天(*注*その額に書き込まれた八卦の占術呪文によって陰陽の力を集め魔除けの効力を持つ)も持ち合わせていない為に完全にキョンシーを倒すことは出来ない。誰かが麟のつけた血の印を消せば再び、人を追い駆けることになる。麟は辺りを見回して桃の木を探しした。しかし森の中にあるはずもない。仕方無いので小走りに村まで帰って桃の木を探し、東南に伸びた枝を三本折って戻った来た。像のまわりに静かに立つ死体が三体というのも一種異様な雰囲気をかも醸し出している。持つて来た枝を一体ずつ、心臓の辺りに突き刺して動けぬように固定した。もう一度、男が封じられた像に近づき心鏡を結んだ。男は恨めしそうに麟を睨みつけている。
「どうする? おとなしく冥界へ逝くと言うなら解放してやってもいいが・・・・」
 男は沈黙したまま麟を睨む。なんとか自分に有利に事を運ぶすべ術を探している。しかし、自分の持ち駒を全て使ってしまってはどうしょうもない。男の身代わりにするには麟という人物が適し過ぎていたのだ。体力も知力もあらゆる面で男の考えた条件を越えていた。麟クラスの道士ならば初老か、それ以上の年齢に達しているのが普通である。そこに計算違いが起こった。若い麟にとってキョンシーの数体くらいを相手にしたところでなんの疲れがあろうか。ましてや茅山道士と思われる程の呪術を備えた人間である。
「どうする? そのまま像の内で生きるか。」
 再度 尋ねられた言葉に男が反応した。なぜ麟が若くしてそれだけの力をつけたのか、教えてはくれないか、男は問いの答えにはならぬ言葉を返した。返答はな 為されず、麟は静止した一体の枝を抜き印を切り術を唱えた。するとキョンシーは飛び上がり男の封じられた像の上に止まった。もう一度 術を唱え命令すると、高く飛び上がり その反動で男の像を壊した。解放された男は麟に礼を言わずに、飛びかかって来た。まだ、今生を諦められずいるらしい、麟にしても予想はしていたので懐から餅米を取り出し、男に投げつけた。男の体は餅米が当ると光が弾け飛び、後ろに吹き飛ばされて後退した。
「どうせ、おまえは"悪意をもつ茅山道士"の類いだろう。罪の無い道士たちを殺した『養鬼術』が何よりの証拠だ。誰が心静かな冥界へなど逝かせてやるものか! 」
作品名:茅山道士 お試し版 作家名:篠義