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茅山道士 お試し版

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十九世紀 『眠れる獅子』として世界から恐れられた中国が近代への歴史の階段を駆け上がろうとした時代である。これは一一六四年より続く清朝が華やかにその時代をおうか 謳歌している頃の話である。まだ、人民の頭には科学という文字は存在せず、呪術や神々が頭の奥深くまで浸透していた。


 冬というのは空気が凛とし、常人にも風の動きが読み取れる程 世界が敏感に流れていく。道士のふたりが田舎道を歩いてやって来た。一方はすでに上級の域に達した人物であり、かなりの徳を積んだことが外見からも伺い知ることができた。しかし他方の人物はどう見ても徳を積んだ様子には見受けられない。切りっぱなしのザンバラ髪に眉のつりあがった涼しい顔立ちの青年はどう見積もっても上級とみられる道士の弟子がいいところで、下手をすると従者に見えそうなかんじがする。だが、彼も上級道士と匹敵する程の能力を持つ道士のひとりである。彼の場合 徳の積み方がちょっと他の者とは異なっていて、彼の意思とは別の次元で、ある高尚な人物の徳を譲り受けてしまった為である。
「歩きながら眠るのは体に毒じゃないのか? 麟。」
灰色の髪をした、いかにも頑固という物をかぶった上級道士遽緑青(きょりょくせい)がフラフラと歩いている無差別譲渡道士の麟をこう言ってからかった。その言葉が届いていないらしく言われた当の本人は、なおそのままである。緑青は反応が無いので 麟の顔を覗き込んだが、彼は本当に眼を閉じて眠っているような気配である。しかし実際はそうではなく、道士麟の精神の鏡に写る者があったので、それを見ているのだった。心鏡はひとりの男を写している。しかし、どうにも腑に落ちないのがその人物のいる場所だった。そこは何十もの勇ましい武将達が取り囲んでいる。だが、けっして男の身を守護しているようには見えない。冷たい血の通わぬような武将たちの瞳は何も写してはいない。ただ、そこに存在するだけのものたちであった。麟がもっと詳しく知ろうと心鏡を覗きこうとして緑青に、こちらの世界へ引き戻された。緑青は彼のこの能力に気づいてはいない。先代の道士が麟に与えた超常力は並外れたものだった。もし、彼が全ての能力を目覚めさせたならば、緑青ごとき道士がひとりでかかっていったとしても、絶対にかなわぬであろう。


「麟、何をそんなに考え込んでいるんだ。」
緑青は麟が考え事でもしていたと見做したらしい。麟のほうも能力のことは言わぬほうが良いと考えているので、いや、今日の昼飯は食えるのかと考えておりましたので、といい加減な答えを返した。緑青はあき呆れ、前を急ぎ出した。
 彼等がある村を通り過ぎようとして、村人に引き止められた。この村の郊外にある森にキョンシーが現れて、そこに並ぶ羅漢像を毎日、薙ぎ倒していくので困っていることを緑青に告げた。村人は完全に麟を無視していた。緑青を道士と考え、丁重に扱い、村長の屋敷の一番良い部屋へ通して話を始めようとした。麟を入室させないので、慌てた緑青は自分の弟子であるから一緒に話を聞かせてほしいと頼みやっと麟が入って来れた。緑青と共に行脚している理由は専ら麟のほうにある。この若い道士様は先代から受け継いだ能力を全開して使うには経験が不足している。道士として必要なのは道士としての能力と共にあらゆる背景を想定して、それに対応できるだけの経験である。妖術使いや妖怪、幽霊、キョンシーなどの志怪の類いと対決することになれば、それら個々に闘いの間というものがあり、それが熟知できていないといかなる道士といえども敗北を帰す結果になる。敗北はそのまま道士の生命に関わるのだ。だから緑青は最も高尚な道士の能力を受け継いだ麟を経験修業の為に諸国行脚させているのだった。森の羅漢像は古く、劉備、曹操、周瑜の三国戦乱の時代からあ 在り由緒正しいものだが、ここ数年の間にどこからともなくキョンシーが一体、真夜中にやって来ては像を薙ぎ倒していくようになった。村の者は由緒正しい羅漢像が倒れているのは忍びなく感じて元へ戻した。すると、またキョンシーが倒し、村の者が直して・・・の繰り返しが続いている。
「なぜ、ここ数年 それまで平穏だった森に異変が起きたんでしょうな。何か心当たりはありませんか。」
常識派らしい質問で、緑青は事の次第を聞き、原因を突き止めようとしたが、無駄であった。皆 心当たりになるような出来事はなかったと口を揃えて言った。それでは羅漢像のほうのいわれはどういうものでしょうか、逆から攻めようと考えたがそれもただ、先程聞いたことを繰り返すだけだった。仕方無く、原因を突き止められぬまま夜がやって来て闇が辺りを包んだ。キョンシー一体くらいなら片付けるくらい訳はないので、まずは根源であるキョンシーを捕らえてしまうことにした。緑青は村の者に鶏の血と墨を用意させて"邪鬼封じ"の護符を作った。この札は神仏の加護をもち、陽より陰に到る全ての邪鬼、妖怪の類の力を封じることができるのである。しかし、一枚の護符を作るには道士の大変な集中力が必要になる。だから、大量の札を作ることは普通の道士には到底無理という代物である。
 その夜、緑青と麟は連れ立って森に向かったが、緑青ひとりでキョンシーを瓶の中に閉じ込めることに成功した。瓶の上に札を貼り付けて封じ込め、そのままキョンシーを瓶ごと炎の中に叩きこんだ。瓶は割れキョンシーは炎に焼き尽くされた。
 村の者たちが喜んで祝いの宴を開いた。主役はキョンシーを退治した緑青である。皆から誉めたた称えられすっかり上機嫌で酒をあおっている。その隙に麟は宴席を抜け出して森へと出駆けた。森はすっかり闇のなかで静寂そのものだった。そのなかにひっそりと並ぶ羅漢像は不気味なまでに沈黙している。像を飛び越えて真ん中の像まで麟がやって来て止まった。そこで先程、緑青が邪魔をして結び損ねた水明心鏡を結んだ。鏡はさっきよりも鮮やかに男を写している。今度は男から話しかけてきた。
「さっき わしのキョンシーを持ち去った奴の仲間か? せっかく、わしが操っていたものを・・・あれを使って ここから出ようと思っていたのに、それも水の泡だ。」
「それは要らぬお節介だったな。しかし、なぜ こんなところに閉じこもっているんだ。幽霊なら幽霊らしく冥界に行くのが決まりではないのか? 」
 居るべき理由が有るのなら話は別だけど、麟がそう付け足した。
「無きにしも、有らず。」
 男は笑いながらこう答えた。戦乱の昔 この村の男達も戦に向かって行った。残された者は男達が戦で死んで魂と成った時に戻る場所として羅漢像をこしらえて待った。幾人かが無事に帰り羅漢像は戻るべき魂を持たずして残ってしまったが、ちょうど通りかかった道士が村に災いを起こす怪しのものを閉込められるように術をかけて行ったのだ。
「なら、おまえは怪しのものということになるな。」
「違う、私はおまえと同じ道士なのだ。キョンシーを連れての旅の途中に死してしまった為に、ここへ閉込められた。キョンシーを操って像を壊そうとしたが中央までたど辿りつけない。どうか、助けてはくれないか。」
作品名:茅山道士 お試し版 作家名:篠義