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ラベンダー
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銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔Ⅱ

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神隠し(終)



「この世界は滅びるべきだ…」

文男はパソコンに向かってそう呟きながら、キーボードを叩いた。

「やっと、その時が来た。私以外の人類が全て滅びる日が…しかし、安心しろ。私がこの地球を立て直してやるから。」

文男はそう打ち終わると、ブログの送信ボタンをクリックした。
そして、その言葉がアップされたのを確認し、にやりと笑った。
…しかし、何も起こる様子がない。文男は「あれ?」と呟いて自分の部屋を見渡した。

「おかしいな…ちゃんと悪魔と契約したのに…」

文男は立ち上がり、窓のカーテンを開いた。
月が煌々と輝いていた。

「平和じゃーん!…って、何で??」

文男がそう呟くと、月の中央から長い体をくねらせて飛んでくる何かを見つけた。
文男はそれを見て、嬉しそうに声を上げた。

「来たあーーーーーー!」

その何かはドラゴンだった。しかしドラゴンは体をくねらせながら、まっすぐ文男に向かって来た。

「えっ!?ばかっ違う!俺以外の人類を滅ぼすんだってば!」

しかしドラゴンは窓を突き抜け、大きく口を開けて文男に襲いかかった。

……

「神隠し…か」

浅野はそう呟くと、新聞を閉じた。

「5人目だそうですね。」

その浅野の横で「清廉な歌声を持つ魂」と悪魔たちに恐れられている北条(きたじょう)圭一が、膝で丸くなっているキジ猫形の天使「キャトル」の体を撫でながら言った。
浅野がふと、キャトルと圭一を見て言った。

「…猫だからいいけどさー。キャトルが今、少女形だったら危ない親子だよねー。…娘の体を撫で回す父親…」

浅野のその言葉に、キャトルは片目だけを開いて前足を伸ばし、浅野の手をガリッと引っかいた。

「いってぇーーーーっ!」

浅野が新聞を落として、引っかかれた手を押さえた。

「キャトル」

圭一が笑いながら言った。

「気にしないでいいから。」

圭一がそう言うと、キャトルは目を閉じてフンと鼻をならした。
キャトルは圭一の子どもとして生まれるはずだったのだが、それが叶わなかったので猫として生まれてきたのだった。

「お父さん!ちゃんと娘の教育して下さいっ!」

浅野はそう言いながら引っかかれた手をさすり、傷が消えたのを確かめた。

「あー…痛かった。人間ならひと月は傷が残るぞ…」

浅野はそうブツブツ言いながら、向かいのソファーに移動した。
圭一が苦笑するように笑ったが、新聞を拾い上げながら真顔に戻って言った。

「ただ、神隠しに遭った人達というのは、皆、極端な思想の人ばかりだそうですよ…。例えば昨夜の人は、自分以外の人類は滅びる…とブログに書いた後で姿を消したそうですし、その前の人は、昨夜の人と同じような文章を残していたそうです。僕も何か気になって、それを画面メモに残してたんですが…」

圭一はそう言って携帯電話を開き、ある画面を表示すると浅野に見せた。浅野がそれを見ながら、呟くように読んだ。

「巨大なドラゴンがその長い体で空を覆い尽くし、ドラゴンが吐く地獄の炎で、地球は焼き尽くされるだろう…」

圭一は、眉をしかめている浅野に言った。

「どう思います?ドラゴンは神の使いじゃないんですか?地球を焼き尽くしたりしますか。」
「解釈の違いだが、神の使いは「ドラゴン」とは言わない。「竜」…「神竜」と呼ばれるな。この文章の「ドラゴン」とは悪魔を差すんだ。だけど悪魔(あっち)にしたら、地球を焼き尽くしたって自分の得になるわけじゃないからなぁ。」

浅野のその言葉に、圭一は少し安心したように言った。

「じゃぁ、ドラゴンに地球を滅ぼされるなんてことはないんですね。」
「ないと思うよー。」

浅野は組んだ手を頭の後ろに回して伸びをしながら言った。
圭一はリビングの壁時計を見、キャトルを抱いたまま立ち上がって言った。

「あっ浅野さん!もうプロダクションに行きましょう!ザリアベルさんがそろそろ来られる時間です。」
「おっと、そうだったな。」

浅野もそう言いながら、ゆっくり立ち上がった。

……

「おじさん、どうしてそんな顔なの?」

悪魔の中でも、大悪魔(アークデビル)という高い地位にいるザリアベルだが、この人間界の子どもにすれば、ただの「おじさん」(本当はお兄さん)なのだ。
ザリアベルは気にする風もなく、その小さな子どもにしゃがんで言った。

「イベントだ。」
「…?イベント?」

小さな女児が首を傾げて言った。ザリアベルが説明しようとした時、母親らしい女性が血相を変えて駆け寄り、ザリアベルに何故か「すいません」と謝って、女児の手を取り走り去ってしまった。

「ママ、イベントってなーにー?」

女児の声が遠ざかって行く。
ザリアベルは苦笑しながら立ち上がった。

『…ザリアベルさん…人間形になれないんですか?クロイツさんだった頃のお姿とかに…』

圭一の言葉が、ザリアベルの頭の中に蘇った。

「なれるものならな…」

ザリアベルはそう呟いて、また苦笑した。

……

圭一の養父であり「相澤プロダクション」の副社長である「北条(きたじょう)明良(あきら)」は、少し困惑したような表情で、ザリアベルと握手を交わしていた。

「息子がお世話になってます。」

明良はそう言い「どうぞ」とザリアベルに座るように手を差し出した。ザリアベルは黙って座った。
ザリアベルの横には、天使「アルシェ」の人間形「浅野俊介」が、明良の隣には、圭一が座り、少しおどおどしたような様子を見せている。明良がザリアベルに尋ねた。

「ノイツ・クロイツさんとおっしゃるんですね。ドイツ…の方ですか?」
「その近くの小国です。」
「そうですか。日本語、お上手ですね。」

ザリアベルはこくりとうなずいただけで、何も言わない。明良が続けた。

「…今回のイリュージョンショーで「悪魔」役で出て下さるとか…。圭一から聞いて驚きましたが、普段から、そういう格好をされているのですか?」
「はい。素顔を見せてはならない仕事をしておりますので。」
「素顔を見せてはならない…というのは、プロレスラーか何か…?」
「…そのようなものです。」

浅野と圭一は、ザリアベルが明良に話を合わせてくれていることにほっとしていた。
明良は気づいていないが、本当の悪魔であるザリアベルに結構失礼なことを言っているので、浅野達はザリアベルが途中で怒りださないかとはらはらしていた。
明良はザリアベルに微笑んで言った。

「何かと息子が無茶を言うかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。悪役で申し訳ないですが、ショーでクロイツさんが活躍されるのを楽しみにしています。」

ザリアベルが、その明良に面食らったような表情をした。そして「Danke(ダンケ)…」(ありがとう)とうつむき加減に言った。

明良は微笑んで立ち上がった。そしてザリアベルに頭を下げた。
圭一と浅野が一緒に立ち上がり、明良に頭を下げた。ザリアベルも立ち上がって、丁寧に頭を下げている。その軍人らしい頭の下げ方に、浅野はくすっと笑った。
明良が部屋を出たところで、圭一に手招きした。

「はい!」

圭一が明良に駆け寄ると、明良が言った。