銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔Ⅱ
克男は上へと上がった。そしてとうとう背を向けて駆け上がった。…ザリアベルは、カツーン、カツーン、という不気味な足音を響かせて階段をゆっくり上がりながら言った。
克男はぜいぜいと息を切らしながら、階段を上がった。上がっても逃げ切れない事はわかっていたが、下から終われているため、上がるしかなかった。
克男はとうとう最上階についた。「非常口」とある鉄製の扉を押し開け、屋上に飛び出した。
強い風にさらされながら、克男は息を切らしながら、振り返った。
ザリアベルは息も切らさずゆっくりと克男に近づいてきている。
「俺と一緒に地獄へ行こう。」
ザリアベルは上に向けた手のひらを、克男に差し出しながら言った。
「嫌だ…」
「どうして?俺が一緒なんだぞ?…俺と一緒にいたら楽しく過ごせる…。」
この悪魔のような男は、自分が牧子に言った言葉とほとんど同じ意味の事を言っていることに気付いた。
全く気のない相手に言われてもうれしくないどころか、恐怖しか感じられない…。
克男は、自分が牧子にしてきた事が、いかに自分勝手だったかをやっと悟った。
「わかった…もうあいつにはつきまとわないから…だから、見逃してくれ!」
「そんなことは関係ない。…俺がお前を気に入ったと言ってるんだ。」
「!!」
克男はいつの間にか柵に背を乗せていた。もう逃げ切れない。
悪魔は手を伸ばしたまま、克男に近づいてきている。
「さぁ、俺と行こう。…地獄へ。…さぁ…」
「嫌だっ!!お前と一緒に地獄へ行くくらいなら…独りで死んだ方がましだ!」
…そう言ってから、はっとした。非常階段から落ちる直前、彼女も同じような言葉を言っていたことを思い出した。
悪魔は不気味な笑みを見せながら近づいてくる。
克男は強く柵に背を押さえ付けるようにした。
…その時、突然背中が軽くなったのを感じた。
「!!!」
克男は悲鳴を上げて、ビルから落ちた。
……
(僕は死ぬんだ…)
落ちていく中、克男はそう思う余裕があった。
(死ぬ前に彼女に謝りたかったけど、もう無理か。そもそも僕の言葉なんて、もう聞いてくれないよな…)
そう思ったとたん克男は逆さになったまま、体が止まったのを感じた。
いや体が止まったというより、時間が止まったような感じだった。
自分が落ちていく時に聞こえていた風の音がなくなり、周囲も動きが止まっている。
「????」
「…はい、ここまでね。」
いつの間にか、背中に白い羽のある男が、同じように逆さになって目の前にいた。
克男は目を見開いた。
「!?…お前はさっき…牧子さんの傍にいた…」
「そう。一応天使やってるアルシェだ。よろしく!」
さっきの悪魔とは違う優しい声だった。克男は思わず「よろしく」と答えていた。
天使があきれたように腕を組んで言った。
「さっきのレディーは危なかったよ。…やりすぎだったんじゃない?あの悪魔に魅入られて、ちょっとは反省した?」
「…した…」
「もう彼女にはあんなことしない?」
「…しない…」
「天使の俺に誓える?」
克男は一瞬迷った表情をした。すると天使が口に手をかざして叫んだ。
「悪魔さーん!出番…」
「わかった!誓うっ!誓うよっ!」
克男が慌てて言った。天使はにっこりと微笑んだ。
「よろしい。じゃぁ、ついでに助けてあげる。」
天使はそう言い、そのまま消えた。
「えっ!?おいっ!」
また風の音が戻り、体が落ちていく。
次の瞬間には、体に衝撃を感じた。
……
「…おいっ!大丈夫かっ!?」
そんな声に、克男は目を覚ました。
「あっ!目を覚ました!大丈夫か!?」
克男は目の前の光景に驚いた。たくさんの人が自分を見上げている。
自分の体をよく見ると、大きな木の枝に洗濯物のようにひっかかっていた。
「わっ!」
そう言って体を起こそうとした時「動くな!」「動いちゃだめだっ!」と人々が口々に叫んだ。
「動くと落ちるぞ!今レスキューの人、呼んだからっ!そのままでいろよ!」
1人の男がそう言った。その男の顔を見て、何故かさっきの天使の顔を思い出した。
「浅野さんっ!来ました!」
そんな若い男の声がした。レスキューを呼んでくれたという男が駆けだして行き、レスキュー車に両手を振っている。
…克男は、ほどなく木から降ろされた。レスキュー車の梯子を下りていく時、拍手が聞こえた。
「ビルから落ちて、木に引っ掛かるなんて…君は強運の持ち主だね。」
無事に地面に降りてからレスキュー隊員にそう言われ、克男は申し訳なさそうに頭を下げて言った。
「…天使と悪魔のおかげです。」
「え?」
「…あ、いえ…」
克男は咳払いをして言った。
「生まれ変わったつもりで…人生やり直します。」
レスキュー隊員が笑った。
……
『最後のメールです。』
3日後− 克男から牧子にメールが届いた。牧子はためらったが、その件名にメールを開いてみた。
『これまで本当に申し訳ありませんでした。あれからいろいろ考える事があり、本当に反省いたしました。心からお詫びいたします。
それで、タイミング良くというか…大阪に転勤が決まりました。明日出発します。もうあなたには物理的に会うこともありませんから、どうぞ安心して下さい。
これからは今までのことを悔い改め、また新天地で人生をやり直そうと思います。このメールを読まれましたら、メールアドレス共々削除をお願いいたします。どうぞお元気で。さようなら。』
牧子は何故か涙が溢れ出てきたのを感じた。
慌てて目を拭うと、返信ボタンを押し、
『新天地で、あなたに幸せが訪れますように。』
と打ち、送信した。
その後…返事が返って来ることはなかった。
……
「あー…どうするかなぁ…」
天使「アルシェ」の人間形であり「イリュージョニスト」の浅野俊介は、自分の所属するタレント事務所「相澤プロダクション」の会議室で両目をこすりながら言った。
前には、同じプロダクションのアイドルであり「清廉な歌声を持つ魂」と悪魔たちに恐れられている、北条(きたじょう)圭一が苦笑しながら向かいに座っている。
「久しぶりの日本公演ですから、派手に行きましょうって話でしたよね。」
「ん…そうなんだが…。派手にって何をどう派手にすりゃいいんだか…」
「…そうですよね…。」
圭一が真っ白な紙を前にして、ため息をついた。浅野が腕を組み、天井を見上げながら言った。
「オーソドックスな、火と水のイリュージョンはいつも通りやるとして…。何か目新しい物ってないかなぁ…」
「ねぇ、浅野さん…。ザリアベルさんを誘いませんか?」
「ザリアベルを?」
「ええ。天使と悪魔のショーをするんですよ。」
「天使と悪魔のショー!?」
「浅野さんもアルシェの姿で出るんです。…その姿で、客席の上を飛び回るんですよ。」
「うーーん…悪くないかも…。で、ザリアベルは?」
「ザリアベルさんも飛べるんでしょ?」
「ん、まぁ。」
「お2人で追っかけあいっこってのはどうです?」
「あのねー…圭一君…子どもの遊びじゃないんだから…」
圭一がくすくすと笑った。どこまで本気で言っているのかわからない。
作品名:銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔Ⅱ 作家名:ラベンダー