銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔Ⅱ
圭一が浅野の前にコーヒーカップを置いて言った。
「どうしてドラゴンは、その5人をさらったんでしょうね…」
「たぶん、邪悪な力を強くしたかったんだろうな。」
「なるほど…。人類を滅ぼすとか、極端な思想を持っていた人ばかりでしたからね。」
「そういうこと。」
浅野は新聞を畳んだ。
その時、ザリアベルがソファーに座った状態で姿を現した。手には台本を開いて持っている。
「ザリアベルさん!おはようございます!」
圭一が言ったが、ザリアベルは何かぶつぶつと呟いている。
「…恥ずかしい…」
「え?」
浅野が耳に手を当てて、ザリアベルに聞いた。
「恥ずかしい?」
「恥ずかしい…。なんだ?この、出だしのセリフは…」
ザリアベルが差し出した台本を、浅野は受け取りながら読んだ。
「「私の名はザリアベル…魔界の中でも恐れられている大悪魔だ。」…これのどこが恥ずかしいんですか?」
「どうしてもこれを言わねばならないのか?」
「言わねばなりません!」
浅野が笑いながらそう言い、台本をザリアベルに返した。ザリアベルは受け取りながら、台本を見つめため息をついている。
圭一が苦笑するように笑いながら、紅茶を入れにキッチンへ入った。
ザリアベルがため息交じりに言った。
「なんとか言わない方法はないのか?」
「えー…?」
浅野は腕を組んで考える風を見せた。
「言わない方法ですか…じゃぁ、圭一君に言わせますか?」
「圭一君に?」
「ええ。例えば、ザリアベルが出現した時に「わー悪魔のザリアベルだー逃げろー」みたいな。」
「…なんだ、そのコントみたいな芝居は。」
「だめですか…」
「真面目に考えろっ!」
「考えてますよっ!!」
その時、圭一が紅茶の入ったカップをザリアベルの前に置いた。
「はい。ザリアベルさん、どうぞ。」
「…ありがとう。」
ザリアベルは台本を閉じてテーブルに置くと、カップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。
「…ああ、うまい。」
そのザリアベルの呟きに、向かいに座った圭一がほっとしたような表情をして言った。
「ザリアベルさんが悪魔だということを、まず観客にわからせなければならないですから…。」
「この顔を見たら、悪魔だとわかるだろう?」
ザリアベルの言葉に、浅野が思わず吹き出した。圭一は浅野を睨みつけながら「そんな…」と言った。
「少なくとも、名前は言わなきゃ。」
「…ザリアベルデース」
圭一が驚いて目を見開いた。
ザリアベルが浅野を睨みつけた。浅野は「すんません」と頭を掻きながら謝った。
ザリアベルが何かを言おうとして口を開いた時に浅野が横でそう言ったので、ザリアベルが言ったように聞こえたのだ。
圭一が腹を抱えて笑いだした。
「びっくりしたーっ!ザリアベルさんが言ったかと思ったー!」
圭一はそう言って笑っていたが、ふと突然笑いを止めて言った。
「あっそうだ!こうしましょうよ!」
「うん!そうしよう!圭一君!」
「まだ何も言ってませんっ!!」
ふざける浅野を、ザリアベルがまた睨みつけた。浅野はザリアベルに「すんません」と謝った。圭一が笑いながら言った。
「先にザリアベルさんの声を録音しちゃうんですよ。で、エコーをかけて流すんです。ザリアベルさんはステージでは口を閉じたままでも構いません。その方が悪魔らしくないですか?」
「ほうっ!なるほどっ!」
浅野が同意を示したが、ザリアベルは不服そうにうつむいている。
「…録音にしても、そのセリフは言わなきゃならないんだな。」
「どうか、それだけはお願いします。」
圭一がそう言って、両手を合わせてザリアベルに拝むと、ザリアベルは「…わかった」と答えた。
「…圭一君にそこまで言われるなら…」
「えー?俺が言ってもだめだったのにー?」
「お前では説得力がない。」
「しどい〜!」
浅野は両手で顔を塞いで泣く振りをした。
圭一が笑った。ザリアベルも苦笑しながら浅野を見ている。
…イリュージョンショーまで、あと1ヶ月。
うまくいくのかどうか…ザリアベルでなくても不安である…。
(終)
作品名:銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔Ⅱ 作家名:ラベンダー