魔本物語
「奪った、私が? あの世界は私が創ったんだ、どうしようと私の勝手だろう。それにあの世界を創ったのは私なのだから、元を糺せばファティマも私の所有物さ」
「所有物って、みんな生きてたのに……なんで、何度も何度も壊しては創って、子供の遊びじゃないか!?」
「わかった、わかった、最初から全部話そうじゃないか。?僕がこの世界に来た時?の話から――」
セイの表情が急に変わった。〈大きな神〉の言葉になにかを感じ取ったのだ。
玉座に座りながら前に足を投げ出した〈大きな神〉は、一息ついてから話をはじめた。
「そうだね、まずこの話からしよう。時間というものは球体なんだ。丸い玉をまず頭に思い浮かべて、次にどこか一点に記しをつけてそこをスタート地点にする。そしたら、無限の数の〈時間〉がスタートから出発し、次の瞬間にも無限の数の〈時間〉がスタートから出発するっていうのが無限に続く。スタート地点を出発した〈時間〉はどんなルートを辿ってもいいから、グルッと回ってスタート地点に戻ってくる。これが〈時間〉さ」
「言ってる意味がわからない」
「未来は無限にあり、いくつもの歴史がある。僕という存在がこの世に誕生しなかった歴史もある。で、スタート地点にAという〈時間〉が戻って来ると、Aはリセットされてゼロに戻る。そしたら、またスタートからスタートに戻ってくる」
「意味がわからない」
〈大きな神〉は不気味に笑い口を開いた。
「つまりだ。なにが言いたいかって言うと、君は僕で、僕は君だ」
「えっ!?」
「さっき説明したとおり、過去か未来かという概念は存在しない。確かに私の方が身体的に成長はしているけど、〈時間〉は球体だから、君の方が過去かもしれないし、未来かもしれない」
〈時間〉の話は理解できなかったが、セイは目の前にいる男が自分だという話は理解したしかし、その話を信じることはできない。
「僕があなた? そんなまさか、僕はあなたじゃない!」
「確かに違う存在ではある。ここに訪れた何人もの?僕?たちはみんな違っていた。持っている魔導書も違ったし、性格も私とは違ったようだ。でも、元は全部同じ存在で、歩んだ道が違うだけさ」
「今、何人ものって言ったよね? 僕がここに何度も来た……?」
「ああ、私はなんども過去の?僕?を殺した」
この言葉はセイにショックを与えた。僕が僕に殺された。そんなことがあるのか?
「僕が僕をどうして……なんで殺したんだよ!」
「私が世界を創っては?僕?がやって来て私の邪魔をする。その度に私は?僕?を殺し、何度も何度も世界を創り直し、理想の世界を創ろうとした」
「わからないよ、もうなにがなんだか……」
席を立った〈大きな神〉は項垂れるセイの横を通り過ぎ、床に落ちていた二本の槍を拾い上げ、ファティマの槍――ブリューナクをセイの足元に投げた。
「槍を取れ、なにもせずに私に殺される気か?」
「別にもうどうでもいいよ」
「戦意喪失か……ならば仕方ないな。君の心臓をこの槍で一突きにしてあげよう」
地面を駆ける〈大きな神〉はロンギヌスの槍を構え、一直線にセイに向かって牙を剥いた。
《ご主人様!》
セイは心の中でファティマの声を聞いた。そして、次の瞬間――セイの握るブリューナクは〈大きな神〉の腹を射抜いていた。
「僕は……こんなこと……」
「いや、これでいい。君は死にたくなかったんだ。だから私を刺した」
「…………」
柄を握るセイの手は振るえ、脚も身体も全身が震えていた。
〈大きな神〉が鼻で笑った。
「このシチエーションは僕がはじめてこの世界に来て、〈大きな神〉だった?僕?を殺した時に似ているよ。僕がなぜ世界を何度も何度も創り直したと思う?」
セイは脅えた顔で首を横に振った。そして、口を閉ざしたセイを見て〈大きな神〉が再び笑う。
「私が最初に訪れた世界が?僕?によって壊されたからさ。私は私が最初に訪れたこの世界の姿に戻したかった。私が最初に異世界に来て、旅した世界をもう一度創りたかった。君も私と同じことするかもしれないね」
「…………」
「でも、私は失敗した。同じ世界は創れなかった。実を言うとね、もう疲れたんださすがに。同じ世界が創れないことに疲れて、私は死にたくなった。だから、今回はわざと君に殺されたんだ」
最期に意地悪く笑って〈大きな神〉は動かなくなった。
セイがブリューナクを手放し、〈大きな神〉が床に崩れ落ちる。そして、セイもまた――。
「僕は……僕はどうすれば……」
床で泣き崩れるセイの前に少女が立った。
「ご主人様、ボクがいるから平気だよ!」
「ファティマ?」
顔を上げたセイの瞳にはファティマの姿が映し出されていた。
「ボクが死んだとでも思ったの? ばかだなぁ、ご主人様は」
「どうして?」
「どうしてもなにも、だって〈ファティマの書〉はセイの中で生きてるもん。セイが行き続ける限りボクは不死身だよ!」
「よかった……でも、世界は壊れちゃったし、なにもないよ、なにも……」
床に膝を付くセイの瞳からは止め処ない涙が零れ落ちた。
ファティマがそっとセイの身体を包み込んだ。
「大丈夫だよ、世界はボクの身体の中に生きてる。世界が滅びる前にボクは世界の全てを記したんだ」
「えっ?」
「まあ、任せとけってご主人様!」
ファティマは胸を張って最高の笑みを浮かべた。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)