魔本物語
第5話 四界王と陰陽神
黄砂を浴びて、髪を振り乱し、エムは槍で風を斬った。
「ファティマよ、覚醒したのであろう。槍を取れ、妾と一戦交えるのだ」
静かに微笑むエムに対してファティマは身構えた。しかし、それは戦いの構えを取ったわけではない。逃げる準備だ。
「ご主人様逃げるよ!」
ファティマの背中から金色の翼が生え、ふわりと羽根が宙に舞う。
なにが起ころうとしているかわからないまま、セイはファティマに背中から腰に手を回された。
「え、なに?」
「空飛ぶ」
羽を激しく華麗に広げたファティマはセイを抱きかかえたまま空に舞い上がった。
「逃がさぬぞ!」
空に逃げたファティマたちを追撃するべく、エムが砂煙を立てながら空に舞い上がった。その背中には白銀の羽が生えていた。
空を飛びながらファティマは後ろを振り返った。
「うわっ!? 追ってきてるよ」
ロンギヌスの槍を構えたエムは、彼女自身が槍のようになって空を高速で飛んでいた。このままでは追いつかれてしまいそうだ。
セイを抱きかかえて飛んでいるファティマはすでに体力の限界といった感じで、空を飛ぶ高度がどんどん下がって行っている。
「ご主人様……重い、限界、落ちる」
「落ちないでよ!」
力尽きたファティマはセイを手放した後、自分の砂の上へと落下した。
砂煙が舞い、セイが空を見上げると、逆光を浴びたエムが槍を地面に突き刺す格好で落下して来るではないか!?
だが、エムは急にセイたちに背中を向けて天に身体を向けた。
「邪魔立てする気か!」
声を上げたエムの身体を十二分に包み込む炎が天から降り注いできた。その遥か向こうでは、燃えるように朱い服を着た男が翼を大きく広げて飛んでいた。
向かい来る業火を討つべく、エムが炎に向かって手を翳す。
「水よ唸れ呑み込め!」
エムの手から水が渦巻く蛇と化して業火に挑む。しかし、その水にはいつも勢いがない。
炎を放った男は大そうな笑いを浮かべた。
「我が領地で水を使うなど愚かな!」
業火は一瞬にして水を蒸発させ、エムの身体をも呑み込んだ。
炎に包まれたエムは火車になりながら地面に落下してしまった。しかし、これで終わりではない。エムはゆっくりと立ち上がると白銀の翼を激しく広げ、炎を全て消し去ってしまったのだ。
「確かに妾は不覚を取った」
炎を振り払ったエムであったが、その身体は液体状に溶け出していた。身体を構成していたエーテル体がヒト型を保てなくなったのだ。
天から舞い降りてきた男は砂煙を豪快に上げながら地面に降り立った。
「止めを刺してくれるわ!」
新たな炎を出そうとする男の目の前でエムは微笑んだ。
「二人と相手をするほど力は残っておらぬ。ここはいったん引くことにしよう。さらばだ、アウロ――そしてファティマよ」
エムの身体は砂漠の幻影のように消えた。
消えるエムを鼻で笑ったアウロはその後、地面に座り込んでいたセイとファティマのもとに歩み寄ってきた。
「貴女がファティマか、そしてそちらがセイだな。二人のことはゼークに聞いた」
「もしかして、あなたがアウロさんですか?」
セイが尋ねるとアウロは大きく頷いた。
「俺がアウロだ。エムの気配がしたんで来たんだ」
「あの、僕、大魔導師ファティマにアウロさんや他の四界王と陰陽神に会えって言われたんです」
「俺に会えか……ついに全面戦争の時が来たってわけだな。それよりも、そこの娘を助けなくていいのか?」
「はい?」
アウロの視線の先を追っていって、セイはそこであるものを目撃した。頭から砂に首を突っ込んで、足をバタバタさせながらスカートの捲れ上がってしまっている人物。
「……主…様…す……て!」
砂の中でもがいているのは紛れもなくファティマだった。地面に墜落してそのままなのだ。
セイは慌ててファティマの足首を掴んで、力いっぱい引っこ抜いた。
「ご主人様ぁ〜」
ファティマの顔はパン粉をまぶしたみたいに砂だらけになっていた。それをセイが手で丁寧に落としてやると、横にいたアウロが呆れたような顔をしていた。
「これが〈砂漠の魔女〉の魔導書の精霊か。なんでこんな間抜けそうな奴が生まれてしまったんだか、考え深いものがあるな」
「ボク間抜けなんかじゃないもん。これでも強いんだからね」
とファティマは空を何度もパンチして見せるが、あまり強そうには見えなかった。
好戦体制のファティマを無視してアウロは首に提げていた角笛を吹いた。すると、東の空から二頭の空翔ける馬が、炎の車輪を持つ馬車を引いて飛んで来た。
空飛ぶ馬車が自分の前に来ると、アウロは御者台に乗って後ろの荷台を指差した。
「乗れ、これから運がいいことに四界王の集会がある。内容も〈大きな神〉との戦いについてだ」
セイとファティマが馬車に乗り込むと、空翔ける馬は甲高く鳴いて空に舞い上がった。
〈アウロの庭〉がどんどん小さくなっていく。あちらに見えるのはセイが昨晩世話になった村だ。その村もやがて見えなくなり、空翔ける馬は信じられない速さで先を急いだ。
やがて見えて来る天空城。この空に浮く城こそが、風界王ゼークの城だ。
翼竜たちが城の周りを飛び交い警備する中、セイたちを乗せた馬車は城の屋上に停車した。
馬車から降りたセイは無言のまま、前を歩くアウロについていく。そして、連れてこられた会議場にはすでに三人の人物が席に着いていた。おそらく、四界王の残りの三人だろう。
一人目の透き通る感じがする少女は風界王ゼーク。これはセイも知っている。
二人目は銀と青を基調にしたドレスにスレンダーなボディを包む翼有の美女。その顔は蒼白く、どこか冷たい感じのする女性だった。この人が水界王イズムだなとセイはなんとなく思った。
三人目は太い胸板と腕、見るからに強そうな岩のような男だった。この男にも翼はちゃんと生えている。この人が土界王ディティアだなとセイは確信した。
セイの顔を確認したゼークが気さくに手を振ってくる。
「お久ぁ〜っ!」
それとは正反対にイズムは横目で少しセイとファティマを確認しただけだった。そして、巨漢のディティアは椅子から立ち上がり、のしのしとセイたちの前に仁王立ちした。
「君がセイで、君が精霊ファティマだな。我輩の名前はディティアだ、よろしく頼む!」
セイは差し出されたディティアの大きな手と握手した。ちょっと力が強くて痛い。
握手を終えたセイが手を振って痛みを和らげていると、横でファティマもぎゅっとされていた。
「イタタタタタ……痛いよディティアのばか!」
「おお、すまないすまない。力の加減が難しくてな」
丁寧に頭を下げるディティアと顔を膨らませて仁王立ちするファティマの構図。神に暴言を吐いて、頭を下げさせるファティマもファティマだが、巨漢が頭を下げているのもすごい。礼儀正しい神なのか、身体はデカイが気は小さいかのどちらかだろう。
ディティアと握手を終えた二人は、そのままディティアに進められるままに会議の席に着いた。
この場にいる六人が全員席に着いたところで、ゼークが会話を切り出した。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)