魔本物語
第7話 堕ちゆく超文明
セイとファティマが廊下を走っていると、曲がり角から兵士たちが飛び出してきた。セイはその兵士たちに見覚えがある。ラピュータの兵士だ。
銃火器を構えた兵士の一人が声をあげる。
「おまえらのような子供がなにをやっている!」
「あの、僕らはその……」
セイは口ごもってしまった。なにをやっていると聞かれても、一言では説明できないくらいいろいろなことがあった。
困った顔をセイの横でファティマが呑気に言った。
「ボクたち牢屋を脱走したんだよ、すごいでしょ?」
思わずセイが身を凍らす。そして、兵士たちがいっせいに銃火器をセイとファティマに向けた。
「そう言えば、左右色に違う瞳を持った猫人の少女と、その仲間が牢屋に入れられたと聞いているが……貴様たちか!」
セイはまた捕まえられるか、最悪殺されるかもしれないと思ったが、ちょうどこの時に宮殿中、そして国中に取り付けられたスピーカーから声が聞こえた。
《争いをしている者たちよ、その手を休めわたくしの話をお聞きなさい!》
その声はこの国皇女ナディールのものだった。
《わたくしはこの国の皇女ナディール。我が国の兵士たちよ、武器を休めなさい。そして、地上から攻めて来たセイレーンたちも、どうか武器をお納めください。もし、休めぬと仰るならば、わたくしが王に代わって敗戦を認めてもいい。だからどうか武器を収めてわたくしの話を聞いてください》
ナディールの声は国中に響き渡り、ラピュータ軍はすぐさま武器を収め、ナディールの敗戦宣言を聞いた地上から攻めて来たセイレーンたちも武器を収めた。ラピュータの民は失意の底に沈み、戦いに勝ったと思い込んだ地上のセイレーンたちは歓喜に沸いた。しかし、次の瞬間にはこの国いた全ての者たちに動揺が走った。
《わたくしの話を聞いてください。セイレーンの宝――蒼風石が破壊されました。あと一時間もすれば、ラピュータは地上に落下します》
セイの目の前にいた兵士たちは武器を地面に落として倒れるように座り込んだ。
「蒼風石が破壊された……俺たちはなんのために戦って来たんだ……」
「あ、あの、みなさんも早く逃げてください」
肩を落とし項垂れる兵士たちにセイは声をかけて先を急いだ。
セイたちはすぐに管理室に辿り着いてドアを開けた。部屋には管理モニターや通信機などが置いてあり、この国の科学的な面が伺えた。その部屋で三人はパイプ椅子に座りながら困った顔をしていた。
「おうセイ、どうにかまた会えたな」
軽くウィンディは手を上げてセイに挨拶をしたが、その声にはいつもの覇気がなかった。
「どうしたんですか?」
とセイが訪ねると、クラウディアがため息をつきながらお手上げのポーズをした。
「どうもこうもないわ。大問題発生よ」
「事件だ、事件だぁ!」
はしゃぎ出すファティマの口を塞いだセイが、ナディールに相手を絞って質問した。
「大問題ってなんですか?」
「この国にはセイレーン以外の種族も多く住んでいます。セイレーンは空を飛んでラピュータから脱出することができるでしょうが……」
ナディールは最後まで言わなかったが、セイはその言葉の意味を理解した。
「でも、この国にセイレーン以外の種族が住んでるってことは、空を飛ぶ交通手段があるはずですよね?」
「それがあると言えるほどないんだ」
ウィンディがそう言って話を続けた。
「この国は他の国との交流を極力控えているんだ。だから大型の交通手段はないというか、そんな乗り物はこの世に存在しない。セイレーンは空を飛べるから空飛ぶ乗り物なんて必要ないのさ。この国に来る商人たちは巨鳥や小型のドラゴンを交通手段として使ったりするが、この国に住む全てのものたちを運ぶには数が足りなさ過ぎる。仮にもセイレーンが羽のない種族を担いで運んだとしても、この国には動物たちもいるんだ。全部は無理さ」
この話をネディールが引き継いだ。
「地上に住むセイレーンたちとわたくしたちは長い間、争いばかりしていました。しかし、セイレーンはもともと自然を愛する種族であり、この国住む動物たちを見捨てるわけにはいかないのです。ですから、やれるだけのことはやらなけらばいけないのです」
そう言って立ち上がったネディールは、マイクの電源を入れて国中に放送を流した。
ナディールは放送によってこの国いる全ての者に協力を仰いだ。翼の持たない所属と動物たちを運んで欲しいと。しかし、その願いが本当に届いたかわからない。
そして、モニターをチェックしていたウィンディがいきなりデスクを両拳で叩いた。
「クソっ!」
全員の目がウィンディに向けられ、ウィンディが怒ったような困ったような、なんともつかない表情をした。
「ったく、悪い知らせがある。ラピュータの真下に国がある。ラピュータの移動速度じゃ、避けきることは不可能だ。わかるだろ、この意味?」
その意味はわかる。天空都市ラピュータの大きさは、真下にある国を押し潰すだけの大きさがある。もはや被害は天空都市ラピュータだけでなく、他国の都市まで及ぼうとしていたのだ。
クラウディアが力なく手を上げて発言をした。
「今思いついたことあるんだけど、この高さからラピュータが落ちたら、木っ端微塵になることは間違いないんだけど、そのなんていうか、蒼風石の安置されていた部屋も壊れるわけじゃない? 封じ込められていたあれも出てくるわよね……」
あれとは〈混沌〉のことである。あの部屋に封じられていた〈混沌〉が外に出れば、ふたたび全てのモノを吸い込みはじめるだろう。
芋づる式に状況は悪化していく。
大きく息を吐いたウィンディが再びデスクを強く叩いて立ち上がった。
「だからって、もう何もできないだろ! ラピュータは絶対に落ちる」
沈黙が辺りを包み込む。
しばらくしてファティマが元気よく手を上げた。
「はい、は〜い。ラピュータが落ちなきゃいいんだよね。だったら、蒼風石を復活させればいーじゃん。みんなこんな簡単なこと思いつかないなんて、意外におばかさんなんだね」
ファティマの言うことは決して簡単なことではないと誰もが思った。そして、クラウディアが突っかかるようにファティマに質問する。
「復活ってどうやってやるのよ?」
「説明しよう。蒼風石を創り出したのは〈小さな神〉の中でも実力のある四界王のひとりゼーク。彼女に頼んで蒼風石を直してもらえばいんだよ!」
「その風の女王ゼークをどうやって呼ぶのよ、神様がそんなに気軽に来てくれるわけないでしょ?」
「ボクさっき夢見てた時、いろんなことを思いだしたんだぁ。ボクのことを書いた〈砂漠の魔女〉はゼークが蒼風石を創造する時に立ち会ったんだよ。だから〈砂漠の魔女〉の友達はボクの友達。ボクが呼べばすぐに来てくれるよ。じゃあ、そういうことでみんなで屋外の広いところに行こう!」
しかし、誰も動こうとしない。ファティマの話を信用していないのだ。そんな簡単にゼークが現れるとは考えにくい。それにゼークは気まぐれな神としても有名だった。
少し顔を膨らませたファティマがセイの服を引っ張る。
「ねえ、早く行こうよ、時間なんでしょ?」
「僕、ファティマと一緒に行ってきます」
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)