魔本物語
「じゃあなセイ、後で会おうな!」
「ファティマはあたしの研究対象だからね」
そう言ってウィンディとクラウディアはナディールの後を追って行った。
残されたセイは膝に手を置いて肩で息をしていた。
「こっちの世界に来てだいぶ体力ついたけど、まだまだ駄目だな」
「少し休んだらすぐに後を追おう」
今更ながらファティマの口調を聞いて、セイはまじまじとファティマの顔を見つめた。その顔つきはいつものファティマとは違う、大人びた表情だった。
「ファティマってファティマだよね。でも、いつものファティマとは違うよね、君って誰なの?」
「ふふ、私はファティマだよ。でも、君が最初に出逢ったファティマとは違う存在だ」
「意味がよくわからないんだけど?」
「私は人から〈砂漠の魔女〉と呼ばれていた魔導師だった。けれども今はこの世にはいない」
「はあ?」
まだ理解しきれていないセイが首を傾げると、ファティマは優しく微笑んで語りはじめた。
「魔導師ファティマが私の名。そして、私が書いた魔導書〈ファティマの書〉に宿る精霊の名もファティマと言う。私は死ぬ前に自分の精神を魔導書に書き記して置いたのだよ。つまり、今ここにいる私は精霊ファティマの身体を借りて語っている亡霊のようなものということになるかな」
「精霊の方のファティマはどうなったんですか? 死んじゃったんですか?」
「いいや、死んではいない。今は私の方が外に出ているだけで、この身体の奥で眠りについているようなものだ。彼女が目覚めれば私が眠りについて、彼女が外に出ることになる。その正確な時期はわからないが、そのうち彼女は目覚めるから心配しなくても平気だよ」
「もうひとつ質問いいですか?」
「なんだね?」
「なんで魔導書に自分のことを書いたんですか?」
「それは……彼女が目覚めそうだ。すまない、この話は今度聞かせてあげよう、では――」
「あっ」
目をつぶったファティマの身体から力がスーッと抜けていき、手に持っていた槍が消えてパッと大きな瞳を見開いた。
「あれ、ボクいつの間にこんな廊下来たんだっけ……寝ながら歩いてきたのかな?」
どうやら魔導師ファティマが外に出ていた時の記憶はないらしい。ということは二人のファティマは記憶を共有していないのかもしれない。それにしては魔導師ファティマの方は、セイのことをよく知っていたような雰囲気だった。魔導師ファティマは精霊ファティマの記憶を共有していて、精霊ファティマの方だけが記憶を共有していないのかもしれない。
少し休憩も取ったことだし、セイは大きく深呼吸してみんなの後を追うことにした。
「ファティマ行くよ」
「行くってどこに?」
「とにかく、廊下の向こうの部屋に行くの」
「うん、なんとなく了解!」
二人は管理室に向かって走り出した。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)