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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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贈り物

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「………あれは一体、どういうお人なんでしょうか」
 米沢でも変わらず開催された懇親会の席で、中山は先日と同じ疑問を、佐野相手に呆然と呟く。
 その日の懇親会も、従道は相変わらず、綿入れはおろか着物も全て脱ぎ捨て、真っ裸で手振り足振り、歌まで謡いながら珍妙な踊りを披露していた。
 酔っ払いかと首を捻るところだが、あの会頭は、二升や三升の酒では酔わない。大体、五十人はいる全員と盃を交わした挙句にこれだけ動き回れば、途中でばったり倒れるのが普通だろう。だが、五十歳になる従道は、一度たりともそんな醜態を晒したことはない。ふらついているところさえ見せはしない。
 懇親会の会場内は一緒に歌う者あり、茶碗を叩くものあり、集まって政治談議をするものあり、ひたすら飲むものありとにぎやかである。
 佐野は、茶碗に酒を注いでぐいと飲み干した。
「わしにも判らん。文士も政治家も民権派の連中も、多分誰にも判らんだろう」
 佐野に促され、中山も酒盃を乾す。
「無論承知だろうが、先般、伊藤(博文)伯が元勲総出を条件に、松方伯の後を受けて二度目の組閣をした。総理大臣伊藤伯、内務大臣井上(馨)伯、司法大臣山縣(有朋)伯、逓信大臣黒田(清隆)伯、陸軍大臣大山(巌)伯、とまあ錚々(そうそう)たる顔ぶれだが、西郷伯がおらんではいささか心許ない」
 中山は従道を見た。解いた帯を頭に結び、しつらえのよさそうな扇子をひらひらさせながら、蝶でも追うようにして我流の振り付けで踊り続けている。
「西郷伯を評して、新聞は「内閣の鍋釜」だと言うておる。「元勲の調和機関」ともな。大黒柱とは言い得ないが、鍋釜なしに所帯は成り立たん。伊藤伯などは、だから喉から手が出るほど西郷伯が欲しい。伊藤伯が政党結成を言い出したとき、元勲で賛成したのは西郷伯ただ一人だった。伊藤伯とは親友同士と、自他共に認めているはずの井上伯でさえ反対をした」
「しかし………西郷伯は国民協会会頭です。内閣に入るのは難しいでしょう」
「西郷伯の会頭は長くはない」
 佐野はきっぱりと言った。中山は多少慌てた。ここは仮にも、国民協会の懇親会なのだ。
「佐野さん」
 名を呼んだとき、目の前にひらりと扇子が差し出された。ハッとして振り向くと、扇子を掲げた従道が、ニコニコ笑って立っていた。
「一杯、もらえっか」
「あ………はい」
 中山は酒盃を渡そうとしたが、佐野が「中山君」と言ったので手を止めた。見ると佐野は二合徳利から、中身が全て入りそうな大ぶりの茶碗―――というよりむしろどんぶり鉢―――にドボドボと注いでいた。
「さ………佐野さんっ」
 中山の呼びかけを無視して、佐野は酒がなみなみと入った茶碗を、従道に差し出した。
「どうぞ、閣下」
 従道は相変わらずの笑みで茶碗を受け取り、「かたじけなか」と言った。
「佐野さあ」
「はい」
「返杯は、あん菓子鉢辺りでいきもんそか」
 呑気な声で言われて、佐野の笑顔が多少引きつったような気がした。
作品名:贈り物 作家名:深川ひろみ