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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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贈り物

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 舞鶴山の山頂までは、一時間ほどで着いた。
 鬱蒼とした杉木立を抜けると、間もなく愛宕神社の社殿に辿り着く。堂々とした狛犬が木々から洩れ来る朝日をまとい、台からこちらを見下ろしていた。社殿の前はきれいに掃き清められており、神域にふさわしいすがすがしさと静寂がその場を支配していた。
 三人は並んで社殿の前に立ち、柏手を打ち、それぞれに祈った。中山にとって祈念することといえば、家族の健康と幸せ、それに仕事への加護ぐらいである。中山が祈り終え、佐野が離れても、従道はまだ社殿に手を合わせていた。
 佐野と話をして祈願の邪魔をするのも憚られたので、何となく手持ち無沙汰にぶらぶらしていると、突然、子供の声がした。
「兄ちゃん、誰かおる!」
 驚いて声のほうを見ると、仲良く藍の着物を着た二人の少年がこちらへ向かってくるところだった。一人は四歳ほどで、もう一人は七歳ほどだろうか。弟の方は赤いふっくらとした頬に大きな目をしており、兄の方は少しやせ気味ですらりとしている。
 従道も祈るのをやめ、兄弟へ目を向けた。
「こんにちは」
 中山が言うと、兄の方が「こんにちは」と返してくれた。弟の方も、兄に軽く背を叩かれ、「こんにちは」と頭を下げた。
 従道が近づいてくると、今度は弟の方が対抗するように「こんにちは!」と大声を張り上げた。従道は、元々ぼうっとした印象の顔を更に緩めてにこにこした。
「こや、むぞか(可愛い)稚児じゃ」
 弟はきょとんとし、それから口を尖らせた。
「変な言葉!」
 中山がたしなめるよりも早く、兄の方が間髪いれず、「こらっ!」という叱声と共に弟をゴンと殴った。弟の方は「痛っ」と言い、拗ねた顔で兄を見る。
「済みません」
 兄が従道にぺこりと頭を下げると、従道は笑いながら「こやあ、厳しい兄さじゃのう」と言った。
「おいん二番目の兄さあそっくりごあす」
 従道は身を屈め、弟の頭を撫でた。
「そや、どげん考えても、こげな言葉ば変じゃっで」
 弟はむっとしたような顔で―――ひょっとすると、涙をこらえているのかもしれない―――、「済みませんでした!」と、一音一音区切りながら大声で言った。従道は「よかよか」と笑う。
「お参りか、坊主」
 佐野が兄の方に尋ねると、「ばあちゃんが病気で」と答えた。
「じいちゃんはここまでお参りに来れないんで、代わりに」
「ばあ様が元気になりますように、か。それは孝行者だ。うちの孫に見習わせたい」
「爺様はもうかなりの年寄りかい」
 中山が尋ねると、兄は苦笑した。
「それもありますけど、もともと昔の戦のせいで、足が一本ないんです」
「―――」
 中山が何も返せずにいると、佐野が「それは気の毒だなあ」と言った。兄弟はぺこりと頭を下げ、並んで社殿の方へ歩いていった。
「………庄内藩のせい、でしょうか」
 中山が言うと、佐野は頬に苦い笑みを刻んだ。
「判らん。最初から最後まで一貫して徳川方で戦い切って、しかも領内に一歩も敵を入れずに降伏した藩など、庄内藩ぐらいだろう。天童藩は最初新政府について、庄内藩に攻め込まれて一帯を焼き払われた。その後は奥州の同盟に加わって政府に敵対して、政府軍に攻められ、最後は賊軍として降伏した。徹底抗戦の末に死体の山を作って降伏した会津(福島県の一部)にせよ、丁度収穫を迎えるこの時期から、東北はどこもかしこもいくさ、いくさ、いくさだった」
 中山は先輩記者の重々しい横顔を見ながら、黙って頷く。
「我々が立っているこの場所も、三十年前に一度廃墟になった。幸い、社殿は無事だったがな。―――中山君、君は本当にもう少し勉強せんといかんよ。さっき少し話をしていたからいいが、そうでなかったらあの子供たちのことも、君は何も判らなかっただろう」
 従道はじっと兄弟に目を向けていたが、やがて無言で踵を返した。その背に、佐野は呼びかけた。
「閣下」
 従道が背中越しに目を向けると、佐野は微笑した。
「せっかくここまで登っていらしたんですから、まあ東北の名峰、月山(がっさん)ぐらいは眺めてゆかれませんか。多分、こんな日は美しいですよ」
作品名:贈り物 作家名:深川ひろみ