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茅山道士 かんざし2

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 十二、三日は経っていたが、好天が続いていたらしく、ほとんどそのままの状態で放置されていた。それから、その街道を街市に下りた。
 青竜王から教えられた屋敷の前で、策明は少し迷った。どういうふうに事実を歪めて伝えるかは、いかに老練な白麒麟と言えど大問題である。ちゃんと順序だてて、考えを煮詰めてから、ようやく玄関に立った。緑青は奥の客間で座っていた。何か書き付けをしているらしく、筆がスラスラと動いているが、戸口に人の気配がして目を上げた。
「あなたは…」
 入り口に顔見知りの男が立っていたので、立ち上がった。相手は、にこにこと近寄って来て、緑青に麟の杖を見せた。緑青のほうは、一瞬、麟の身に何か起こったのかとドキリとしたが、相手はまだ微笑しているので、相手の言葉を待った。
「わたくしのことをお忘れかと思いまして、麟の持ち物を借りてまいりました」
 それを聞いてホッとした緑青は、相手に自分の向かいの椅子をすすめた。
「実は……うちの主人たちが、なかなか麟さんを帰さないのです。麟さんは、困っておられるのですが、主人が退出を許さないと戻ることもできません。それで、私が麟さんの言葉を届けにまいりました。」
 策明は、緑青にむかって用件を伝えながら、相手を観察した。苛立ってはいないか、あるいは腹を立てていないかと思ったのだが、緑青はいたって平気である。
「麟から『勝手をしてすみません。少し帰りが遅れていますが、心配せずに待っていて下さい。近々、戻ります』と伝えてくれと申しつかりました。何とか、あと少しお待ちいただけないでしょうか。緑青さん」
 そんなことだろうと、緑青は思っていた。しかし、対面に座る男も不思議な人物だと、緑青は考えていた。どこに館があるのかは知らないが、麟が何日もかかる道程を簡単にやってくるらしい。ただの人ではないのだろうが、志怪というのでもない。おそらく仙人界の者たちかなと、おぼろげながら緑青にも分かっている。ただ、麟と、この人物と、その主人の関係がよく分からないのだ。
「居心地が良くて、帰りたくなくなっているのではありませんか?」 少し意地悪そうに、緑青は策明に質問した。白麒麟は、一つ溜め息をついた。麟が、そんなことを言ってくれるなら、即刻、仙人の修行をさせるために手元におけるのだが、相手の返事はいつも拒否である。
「とんでもない。毎日のように、『帰してほしい』と主人に申しておられますよ。それでも許可が出ないので、代わりにわたくしが……兄弟子のことが心配だと困っておられるくらいです」
 ククク……と緑青が笑った。麟のほとほと困っている顔が目に浮かぶ。言い争いの原因を返しに行って、また行方知れずなのだ。きっと、自分が腹を立てていると、麟のほうは気が気でないはずである。
「失礼しました。今、麟の顔が浮かんだもので……私のほうは心配しなくても怒っていないと伝えて下さい。近くの道館で手伝いなどしておりますので、退屈もしておりません」
 白麒麟はホッと胸を撫でおろした。緑青は、そんな相手に微笑した。きっと、私のことを心配して、わざわざ言葉を届けてくれたのだろうと、緑青は正体不明の人物に感謝した。どんなに麟が歓待されているか、その策明の様子で、はっきり分かる。きっと麟は、可愛がられているに違いない。
「緑青さん。修行の途中で、度々、足を止めさせて申し訳ありませんね」
「いえいえ、たまにはいいでしょう。麟にとっても、いきなり旅に出されたのですから、こんなことでもなければ休息はとれませんからね」
 かくいう私もですが、と緑青は笑った。その様子を見て、策明は、最後に言おうと思っていた言葉を口にした。
「私から、お願いがございます」
「なんでしよう?」
 策明は、そこで一端沈黙して、事の大切さを相手に知らせた。相手も、それを読み取って、空気が変った。
「どうか、麟さんが、こちらにお戻りになっても、それまでのことは一切、不問にして頂きたいのです」
 その言葉に、緑青は顔色を少し堅くした。何も聞くなとは、また厳しいと思ったのだ。
「ぶしつけで無礼なことは存じておりますが、お聞き届け頂けましょうか?」
 すぐに承知してくれるとは、策明も考えていない。ここで笑って『承知した』と言える人物なら、麟は、難なく師匠から預かった術をこの人物に渡せるだろう。それは、この男には無理だと、白麒麟は知っている。しかし、麟が戻ってからのことを考えれば、策明が言うと言わないとでは、相手の出方は変ると思うので、あえて策明は、そう頼んだのである。道士は、しばし沈黙した。『努力はしますが、確約はできかねます』と答えた。自分が好奇心を押さえ切れる自信はない。
「私にも、おぼろげながら事情は分かっております。あなたやあなたのご主人は、人界の方ではないのでしょうから……」
「あまり深くは、お話しできませんが、あなたの思っておられるとおりです。いつか、麟さんが、すっかりお話しになることがあるでしょう。それまでは、お願い致します」
 白麒麟は深々と頭を下げた。麟が、この様子を見ることがあったなら、涙ながらに感謝の言葉を述べたに違いない。ただの人間である兄弟子に、そこまで礼節を尽くしてくれる白麒麟の気持ちが、麟には伝わるからである。しかし、緑青には、そこまでは分からない。まだ納得しかねてはいるのだが、相手が、そこまで言うのであるから、聞かないわけにもいかない。
 しぶしぶながら了承の意を唱えた。





 麟は、毎日の日課として桃園までの散歩を始めた。まだまだ体力のがっくりと落ちた身には、桃園までは遠いので、少しずつ距離をのばすようにして、午前中いっぱいは、歩いている。今日のお供は青竜王で、ゆっくりと二人は進んでいく。
 どうにか三分の一を来たところで、青竜王のほうが、休憩しようと言い出した。
「麟。少し休もうじゃないか。慌てることもない」
 若い道士も了解して、青竜王の隣に腰を下ろした。
 空は澄みきった青で、どこまでも突き抜けるような空である。
「桃園まで、かなり遠いのだね。歩くというのは、時間のかかるものだ。改めて飛べることに感謝してしまうよ」
「お付き合いさせて申し訳ありません。若長」
 普段、ひとっ飛びで越えてしまう距離なのに、足を使うと、改めて遠いことを若長は認識した。
「いやいや、私が申し出たのだから、気にしないで下さい」
 そんな、のどかな二人の前を一陣の風が吹いて、上空から冷たい声が響いた。
「見付けましたよ。兄上」
 若長は、びっくりして頭上を見上げた。そこには、すぐ下の弟である南海紅竜王が静かに浮かんでいる。
「おや、仲卿。何か急用か?」
 いたって呑気な若長は、白磁のように美しい顔の弟を手招きした。紅竜王は、竜族の内でも最も美しいと言われる顔立ちの若者である。冷静だが、一端、感情的になると、その激しさは誰にも止められないほどの烈情家である。
「兄上。お迎えに上がりました。いい加減になさいませんと、父だけでなく、叔父上たちも困っておられますよ。あれほど行き先を知らせて下さいと申し上げておいたのに………」
「でも、見付けたじゃないか、お前は」
作品名:茅山道士 かんざし2 作家名:篠義