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茅山道士 かんざし2

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 聞いてはいないとわかっていても策明はそう投げかけるのであった。





「おひとりですか。」
 ある夜、ちょうど麟が回廊の端に腰かけて夜空を眺めているところへ、そっと近付いて来たものがあった。
「若長です、まぬけな。」
 そのフレーズが気にいっている青竜王はそう言って麟の傍らに腰を下ろした。
「もう傷はよろしいのですか。」
「はい、痛みはだいぶ和らぎました。」
「それは重畳、では笑わせても大丈夫ですね。」
 ハハハハ…と自分の軽口に笑いながら、自分も天空をしばし眺めた。ふたりは無言のまま空を見上げた。満天の空にはところせましと星がまたたいている。どちらも言葉を紡ぐことなく、飽きることなく星を見ている。いつまでたっても若長が口を開かないので、麟のほうから声をかけた。
「私に御用ではないのですか。」
「えっ?」 と、驚いたように青竜王は麟を見た。
「お声をかけてくださる方は皆様、私にお尋ねがございます。若長様もそうではありませんか。」
「いえいえ、私はあなたとこうやって空を眺めている時を大切にしたいのです。だから、私にお気がねなく、こころゆくまで眺めてください。」
 それだけ伝えると青竜王は再び夜空に目を戻した。幾重にも瞬く星々の光は冷たい光を解き放って、瑶池まで届く。上空の風の加減でキラキラと輝く星の中を一条の流れ星が通る。いつまで見ていても飽きない。麟はふと隣の若長に目をやったが、変わらぬ姿勢で空を眺めている。夢中という形容詞ではなく、のんびりとという言葉がぴったりくるような表情である。若長は満ち足りた気分である。彼は過去も未来も遠すぎるので、とりあえず現在の時間を大切にしようと試みているのだ。つまり、転生前のおちゃらけ仙人のことは過去のこととして、今、目の前にいる転生後の麟とゆっくり付き合ってみようと思うのである。青竜王には麟を観察する時間がたっぷりあるし、麟の言葉から彼を理解するよりも滲み出る人為りから理解しようと考えいる。だから、今のところ会話は不必要なのである。
 麟がまたぼんやりと夜空を見上げていると、いろいろなことが頭を横切っていく。それは故郷の両親だったり逝ってしまった婚約者だったりしたが、最後に緑青に行き当たった。自分勝手な行動で緑青と離れ、深手を負い、緑青に心配をかける結果になってしまった。傷が直って兄弟子のもとへ戻っても詳しく説明できない。きっと、緑青は腹を立てるだろう。自分を除け者にしていると。麟もわかっているのだ。もう二度と緑青に説明できないことをするのは止めようと誓った。そうしなければ、緑青との修行は意味のないものに終わると思えたのだ。どうやって帰してもらえるように頼むか、策を巡らそうとしたところへ、横手からすっとお茶を手渡された。青竜王は麟のほうを見向きもしないで、お茶だけを麟の前に差し出した。無言で麟も受け取った。怒っているわけではない。無言だが、青竜王の気はわずかにたなびいている。若長本人はすでに湯気のたった茶をすすっている。一口、麟が口をつけると、おそろしく苦かった。一瞬、絶句して若長を見た。敖家の若様はいたって平気である。竜族と味覚が違うのだろうかと麟は首を傾げたが、せっかく勧めてくれたものを無下にするのも悪いので黙って飲み干した。全部飲み終えた頃に若長はニヤニヤと笑いを堪えながら、振り向いた。
「全部飲みましたね……感心、感心。私のはただのお茶だが、あなたのは薬湯だ。文句は索明に言って下さい。持たせたのは、あの麒麟だからね。ハハハハ……」
 そう告げられて麟はクスクスと笑い出した。だから黙って渡してくれたのだ。茶目っ気のある若長らしい悪戯である。麟につられて青竜王も笑い出した。ひとしきり二人は笑いの波に飲まれていたが、ようやく収まってから若長は悪戯を詫びた。
「いやー昔、私も同じ事をやられてね。もちろん、私が騙されたのだけど……」
 こんな悪戯を考えた相手はもういない。だが、その生まれ変わりの麟に返礼しておいても罪はないだろうと、若長は心で呟いた。麟があくびを噛み殺して涙目になった頃、長い回廊の端から白麒麟が人型で歩いてきた。
「薬湯のきく時間を計ってきたな、索明。」
 意地悪そうに若長は索明を睨んだ。つまり青竜王と麟の会見もお開きということだ。
「そろそろ夜も更けてまいりました。夜露は怪我に悪いものです。」「ふん、では今夜、私が麟と寝てもかまわないだろ? 」
「構いませんが、角端は寝台の側にすでにおりますよ。」
 中華思想では互いの親交を深めるために共に寝起きすることがある。その相手を巡っての二人のわけのわからぬ攻防を横で聞いている夜露が身体に悪いと言われた怪我人は、もうひとつ大きなあくびをして立上がり、「すいません。お先に失礼致します。」 と, 声をかけて部屋に戻った。我関知せずといった態度で去り行く怪我人を目で追いながら、ふたりは一旦、わけのわからぬ攻防戦を休戦した。
「竜丹を飲ませている割に回復が遅いのではないか。まだ、体が弱ったままとはどういうことだ。策明。」
「竜丹を飲ませたのは傷の手当てをした時一度限りです。あとは普通の仙薬を使っています。そうでなければ、すでに傷などふさがっているでしょう。」
「えっ?」
 驚きの声をあげた敖家の若様は策明をじっと睨んだ。万能薬の竜丹を毎日与えれば、五日かからず傷がふさがるだろう。それをわざわざ仙薬とはいえ、効力の劣る薬草で治しているとは、まるで麟の痛みを長引かせているようなものである。そこまで考えて、若長はハッと気付いて、「西王母様の命令か。」と、白麒麟に尋ねた。策明はかすかに頷いた。
「麟の痛みを長引かせているのは、麟に対する罰ですよ。二度とこんなことをしないように、その身体に教え込ませているのです。」 フンと敖家の若様は鼻先で笑い、どうせ西王母が麟と長くいたいがための口実であろうと本当の目的を言い当てた。
「でも、人界で治すよりは早く治るのです。………あなた様とて皆様と同じ気持ちではありませんか。東海青竜王殿。」
「フフフフ…白麒麟、策明殿もでしょう。しかし、なるべく早く戻してやらないと、連れの兄弟子が疑心暗鬼になるなあ。」
 あれから十日近くが経っている。緑青は若長の伝言で一応は納得したものの、きっとイライラとしているに違いない。麟を帰す時には何か適当な理由をつけてやらないと旅がぎこちないものになってしまうだろう。策明が考えを巡らせているのを横目に若長は微笑んだ。
「あの兄弟子は頭では理解しているのだ。ただ、感情がついていかないだけのこと……あまり小細工せぬほうがよいでしょう。白麒麟」 さあ、寝ようと青竜王が歩きかけたところを策明にグッと腕を掴まれた。
「客室は逆方向ではありませんか。敖家の若様。」
「今夜は親交を深めるために麟と寝ると先程申しましたが…」
「だめです。もう少し傷がよくなってからに。」
「みんなで眠ればいいじゃないか。」
 二人がもめているところへ麟の部屋のほうから黒ずくめの偉丈夫がやってきた。青竜王と白麒麟の側を通ったが、声をかけるでもない。先に白麒麟が声をかけて足を止めさせたが、黒麒麟は、「西王母様が来て追い出された。」 とだけ言うとスタスタと歩いていってしまった。
作品名:茅山道士 かんざし2 作家名:篠義