死体お一人様
死んだ人の数だけ、物語が存在するのです
男の死体の診察中、窓の外を通る人影
誰かがうちへ訪ねてきたようだった
そう思った直後、インターホンを押し壊す勢いで、家中にぴんぽんぴんぽん鳴り響いた
「はいはーい、ちょっと待ってくださいね」
重い扉をあければ、1人の老婆が立っていた
涙ぐんだ瞳と、体中全身なぜか濡れていた
雨が降っていた様子はない、むしろ快晴だ
「あの…うちの孫の死体を、見てくれませんか…」
「あー今、ちょっと別の人やってるんで、待っててもらっていいっすか?」
「はい…」
元気がなく、孫を亡くした悲しみから抜け出せない、そんな感じだった
よくあることだ、俺はもう見慣れてしまった
中に老婆を招きいれ、長椅子に座らせた
先ほどから小さな男の子が長椅子に座っている
老婆を見るなり、男の子は端に体を寄せた
老婆の運転してきた車から、死体を引きずり出して診察台に乗せる
やーこれはひっどいなー…
体中骨折し、痛々しい痣が残っている
しっとりと湿った長い髪と、青白い顔
これは海にでも落っこちたか?
表情からしてこれはおそらく自殺
腹のふくらみからいって、妊婦と言っていいだろう
望まない妊娠からの自殺?
腹の子も母親が死体になれば、道連れで死体になる
こっちの方が、先にやってあげるべき、ですよねー
「おばーさん、ちょっと、お孫さんからやらせていただくことにしました」
「ありがとうございます」
「あなたは、どうしてうちに来たんですか?」
相手の緊張を解くための軽い会話も大切だ
死体ばっか触ってる不気味な独身男!なんてレッテル貼られて、おびえられても困るモンでね
「孫が、海に飛び降りたと、電話があったんです、この子の両親から。
この子の両親は、この子に関心がない…適当に葬儀をして、済ませてしまえばいいと考えていたもんで、私はそれが許せなかった…たった一人の孫なのに、燃やして骨にしていなかった存在にされる…そんなの耐えられなかった、あたなになら!孫をちゃんとした形で綺麗にしてくれると思ったんです…」
「なるほどね、でも俺、別に葬儀屋じゃないですよ?」
「えぇ?さちよさんはあなたに大変綺麗にしていただいたと聞きましたけど」
「さちよさん?」
「近所の女性です、こないだ事故死して、ひどい姿になったのを、あなたに綺麗にしていただいたと」
「あー、一応ばらばらになったものをつなぎあわさせていただきましたよ」
「ばらばらでないから、うちの孫は何もしてくれないんですか?」
「いいえ?まぁ、できる限り、綺麗にしてみせます」