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Under the Rose

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同時に、息を吸うことも吐くこともできなかった。
「あ……、うっ……」
後方へ倒れ、硬く冷たい床へと打ち付けられる。
正面からためらい一つなく袈裟斬られ、そんな傷が浅いはずもなく。
傷を押さえる腕にはめている手袋が、みるみるうちに血を吸いその重みを増していく。
血の臭いがこんなに嫌なものだったなんて、と真は次々に上がってくる吐き気に表情を歪めていた。
普通の傷であればまだしも、沙耶の刀に傷つけられ、その上この深さとなると命の保証はない。
「……」
出血多量で死ぬまでの時間を、沙耶は与えてはくれなかった。
とどめをさすべく、確実にその距離を詰めていく。
「(さすがに……死ぬかも)」
避けなければならない。
だが、真の身体は鉛のように重く――まったく動く気配がない。
せめてもの抵抗なのか、自由な片手が必死に打開策を探そうと動いているが、そんなものは何の救いも拾ってくれない。
真の視界に、先ほどの一撃で中途半端に切れてしまった自身の髪の毛が映った。
それ以上のことを考えることが、できなかった。
沙耶が刀を振り上げても、真は動くどころか何も考えることができない。



「――させは、しない」
「……」
真と沙耶の間に割って入ったのは、先ほどまで錯乱状態にあった桂だった。
刃を向けることをためらっていた姉相手に、今は自らの手に握ったナイフをまっすぐに向けている。
そう、丁度――追い討ちをかけられそうになった真をかばう体勢になっていた。
「たとえ、姉さんでも……私はっ!」
「桂……!?」
目の前に立つ桂の後ろ姿を見て、真は感情の揺らぎを隠せなかった。
言っていること、そしてやっていることは勇ましいが、桂の足は不安定な上震えていた。
真の位置からは表情がよく分からないが、分かる範囲ではそれは絶えずわいてくる恐怖や迷いを必死に潰しているように見える。
姉に殺意を向けられる時があるなど、今まで考えもしなかったのだろう。
誰よりも一緒にいて、誰よりも心を許している姉が今自分を殺そうと刃を向けている。
恐ろしくないはずがなかった。
それでも、彼女は自力で正気を取り戻し真をかばっているのだ。
「……」
だが、沙耶はそんな桂に別段何の気もやっていないようだった。
目標と自分との間に邪魔な存在があるなら、迷わず切り捨てる。
そんな、まるでどこかの作り話に出てくる殺人機械のような――感情のない冷たい瞳で、妹である桂を見た。
「わ、私は……っ」

まっすぐに睨まれ、桂の細い糸が切れようとしていた。
一瞬のひるみの後、思わず一歩背後に引いてしまう。その隙を沙耶は見逃さなかった。
「桂っ!!」
必死に名を叫ぶ真。
だが、沙耶の行動はそれよりも速く、そして狂い一つなかった。
まっすぐに――桂へと刀を振りかざす。



衝撃のあとに、赤いものが沙耶の身体を汚した。
「……っ」
襲いくる激しい痛みに耐えられない身体が、息が詰まったような、そんな声にならない悲鳴を上げる。
鈍く光る刃は、深く深く貫いていた。
「ね、ねえさっ……!?」
「沙耶!」
――沙耶の身体を、貫いていた。
右手で直接刃の部分を握り、血が出るのも構わずに力を込める。
もっと深い位置まで刺さるように。
「……レンフィールド」
痛みを堪えながらのせいかわずかにかすれている低い声で、沙耶は後方にいるレンの名前を口にした。
沙耶からは見えなかったが、彼は珍しく感情を表に出し驚いている。
まさか、自らの暗示がこうも簡単に解けるとは思わなかったのだ。
「私の、」
刀を持つ手を替えながら、沙耶が言葉を繋げていく。
「私の心に立ち入っていいのは、桂だけだ……ッ!!」
明らかな憤怒を込め、言い放つ。
そして、その発言と同時に沙耶は自らの身体に刺さっている刀を、真っ二つにへし折った。
力任せに、瞬間何倍にも増す痛みをも無視して。
血のまじった少量の吐瀉物を吐き捨てたあと、真っ二つになった方のうち持ち手の方を無造作に投げ捨てる。
「殺してやる、レンフィールド……!」
両の瞳に鮮やかな赤を宿し、振り返る沙耶。
歩きながら、自らの腹部に沈み込んでいる残りの刃を乱暴に抜き、そして先ほどと同様に床へと投げた。
桂も、真も、そしてレンフィールドすらも、一連の沙耶の行動に言葉を失ってしまっていた。
そして、レンは油断していた。
それだけの傷を負った沙耶が、よもや自らに向かって駆け出してくるとは思わなかったのだ。
「死ねッ!!」
――コートから取り出した古めかしいナイフが、レンの胸を貫いた。
「あ、ぐっ……!」
とっくに寿命の限界を超えていたにも関わらず命を維持し、その上外見の成長をも止めていたレン。
若々しいのは目に見える部分だけであり、内部はこの上なくもろい。
胸にナイフが沈んだ途端、傷口の周りが急にただれたように変化しはじめた。
無理に無理を重ねていた身体の"代償"ともいえる症状が、レンの身体を冒していく。
「肌が、くそっ……」
崩れていく醜い顔をさらしながら、うめきにも近い声をあげるレン。
だがその身体はまったくいう事を聞かず、ついには膝をついてしまう。
「……」
それを確認するなり、沙耶は桂らのいる方向へ振り返った。
もうレンには立ち上がる体力もないだろうと判断したのだ。
そして、仲間の名前を呼ぶ。
「桂、」
一瞬だけ、間を流れる時間が止まった。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴