Under the Rose
18.心模様
「ちっ……まったくキリがないッ!」
一向に出口が見えない状況にしびれを切らし、桂は何度目かもわからない舌打ちをした。
視線により相手を暗示にかけようと動くが、それは直後に沙耶の手によって制止される。
「桂、鏡がある」
言われるがままに桂が見た先には、数人の人間――そして、その中の一人が古めかしい丸い鏡を抱えていた。
暗示にかけるには、相手と自分の視線が一本の線のように繋がらなければならない。
だが、鏡で妨害されてしまうとそうはいかない。
自分の視線で自分を射抜いてもはっきりとした問題は起こらないが、精神がいくらか乱されてしまう。
つまりは、横槍をいれられると集中しづらくなってしまい暗示をかけられなくなってしまうのだ。
「……忌々しい。でも、」
ナイフに付着した血を拭い構え直した後、
「匂いからするにこの人間達もレンフィールドの血を受けているようだから――手加減することは無いわッ!!」
素早くその場から駆け出した。標的の目の前で体勢を下げ、首を狙い刃を振る。
「……」
そんな桂を見やった後、沙耶は一瞬の迷いを見せた。とはいっても、相手を傷つけることに対してではない。
相手の人間達は『レンフィールドの血を受けている』。
つまり、純血の吸血鬼の血をその身に取り入れることで、一時的にではあるが能力を引き上げている。
並の吸血鬼の血であればこれほどの変化は現れないだろうが、今回は血の主が長生きな上実力も確かなあのレンフィールドである。
「……そうだな。手加減の必要なんてない、まったくその通りだッ!」
しっかりと言い放つ沙耶。そして、持っていた刀を持ち直し――その刃を、鞘から抜いた。
最後の遠慮というべきかためらいというべきか。
どちらにせよ、そういったものを取り払った二人は強かった。
幾度と傷つけられても、まるで傀儡のように起き上がってくる人間達をどうということもなく片付け、確実に数を減らしていく。
レンの血を受けている以上は、その血が沙耶の刀によってつけられた傷に反応する。
血などが付着し刀自体の切れ味はいくぶん落ちていたが、叩きつけようがどうしようが、とにかく傷さえつけられれば十分効果は発揮できた。
押し切る瞬間も、目前にまで迫っていた。
「――――っ!?」
迫っていた、はずだった。
刀を構え受け身の体勢をとった沙耶の視界が、突如ぐらりと歪み――そしてかすみはじめた。同時に聴覚すらも正常に機能しなくなり、ノイズが走るようにして耳鳴りが響く。
沙耶の力からすればそう重くもない刀が、どんどんその重みを増していく。ただし、異変をきたしたのは刀のほうではなく沙耶の方で
どんどん、手にかけるべき力加減がはかれなくなっていく。
「姉さん……?」
隙をみて名を呼んだ桂の存在は、すでに沙耶の意識からは消え失せていた。
「姉さんっ!!」
ついには刀を手離し、その場に倒れ崩れる。
誰に傷つけられたわけでもなく、この瞬間沙耶の身に何が起こったのか桂には全く理解できなかった。
倒れたまま、意識を失い動かない沙耶。
桂のやる視線、その先には姉の姿。そしてその先に見えたのは――
「ちっ、次から次にッ!!」
こちらへと走ってくる数人の人間の姿だった。絶えることのない援軍に、思わず何度目かも知らない舌打ちをする桂。
相手をする他に選択肢はないが、先ほどまでとは全く状況が違っていた。
自分の背中を預けていた沙耶は今、ぐったりと倒れている。
「……っ」
じりじりと姉をかばうようにして後退する。数人の人間を相手に、沙耶を守りながら戦うのには限界があった。
少しずつ劣勢へと追い込まれていく桂。
「ええい、離れろっ!!」
目の前にいた人間を切りつけ、沙耶へと近づく人間へと蹴りを浴びせる。
だが、そんな懸命な抵抗は一つのアクシデントによってすぐに終わりを迎えた。
「っ!」
倒れている沙耶の腕に足をひっかけてしまい、桂はバランスを保ちきれずに転倒してしまった。
その隙を見逃さなかった数人の人間達が、あっという間に桂を取り囲む。
「(しまった……!)」
だが、そんな状況にまで追い込まれても桂は打開策を必死に探っていた。一番に脳裏に浮かぶのは、一人の気に食わない吸血鬼。
「(違う……あいつは駄目だ)」
直後にその希望は取り下げられる。
実力は確かだが、あんな臆病者がこのような中うまいように駆けつけるはずがない。
どうせまたこの街のどこかで膝をかかえているに違いないのだ。
といっても他に思い当たる策はなく、桂は神に祈らんばかりの気持ちで沙耶の方を見た。
そこには、先ほどと同様に死んだように気を失っている姿があった。
最初の一撃は、わき腹。続く一撃は、鎖骨のそば。
言葉にできないほどの痛みに耐えながら、桂は諦めることなく起死回生の瞬間を狙い続ける。
だが、それもほどなく限界を迎えようとしていた。傷が増えるにつれ、桂の意識がぐらぐらと揺らいでいく。
そして、人間の持つナイフが桂の首に向けられた。
受け止めるだけの力もなく、反射的にじっと目を閉じる。
直後、首に傷が走ることはなかった。代わりに聞こえてくるのはナイフが地に落ちた際に響く独特な音。
目を開く。
多少ぼやけた視界の中に、手から流れ出す血を押さえている人間の姿が見える。その足元に落ちているのは、ジョーカーの描かれたカード。
カードなんてものを好き好んで投げたがる存在など、桂が知っている限りでは一人しかいない。
人間が見ているはるか頭上を見上げると、そこには予想通りの姿があった。
「はぁ〜い、みなさぁん。ご機嫌はいかがかしら?」
高所に陣取り、今の状況を理解しているのかいないのか、空気の読めないウインク。そして、直後には軽くキスを投げる真。
昔と同じ黒のエンパイアドレスを着ているその姿は、十年前となんら変わらない。
「真……」
「ピンチの時に駆けつける! いやぁ、どこかで昔見たような展開よね。そうでしょ? 桂」
「そのわりには……遅すぎると思うけど?」
「まあまあ、そう言わないで。私も色々充電が必要だったのよ!」
発言の後に、跳躍し桂のもとへと降り立つ。倒れている沙耶、そして深手を負っている桂をそれぞれ確認したあと、真は持っていたナイフを構え直した。
「臆病者がよくのこのこと戻ってこれたものね」
「偶然近くを通った……って言ったら信じる?」
「さあ、どうかしら」
「ま、そういうことにしておいてちょーだい!」
その後、真が何よりも得意とする逃亡に関しての策――正確には悪知恵を有効に活用することで、三人はなんとか難を逃れた。
動かない沙耶を真が抱き、その横では桂が真の肩を借りておぼつかない足取りで歩いている。
「で、沙耶はどうしてこうなっちゃったわけ?」
「……」
「桂?」
「最近、ずっとこうなのよ。刀を使うと、姉さんは必ずといっていいほど何の前触れもなく倒れてしまう」
『刀を使うと』。その言葉に反応して、真の脳裏にいつかの沙耶の一言が蘇った。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴