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Under the Rose

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17. 迷鳥の標



うつろに視線をただよわせたまま、真は終わりの無い夜の中を歩き続けていた。
ふらふらと目的もなく徘徊していたつもりだったが、その足は勝手に思い出の場所を目指し、導いていく。
十年前、傷ついた身でさまよった路地裏。
勝負の末、沙耶に腕を斬られ深手を負った場所。
はじめて二人を出会った場所。
いつも自分が立っていた場所。
一人きりで、行き交う通行人をうつろに見つめていた、その場所。
やがて。
やがて最後にたどり着いたのは、英人と時間をともにした場所のすぐそば。
今そこに誰が住んでいるのか、いないのか。それすらも真の位置からははっきりとうかがう事ができない。
だが、どれだけ時間が経とうとも当時の事は鮮明に思い出すことができる。
自分を変えるきっかけとなった英人の存在。そして、その存在を守りきれなかった弱い自分が今もここに生きている。
真の胸が、刺すように痛んだ。
数日前の桂の言葉が、思考の中へと舞い戻ってくる。

『私達の前に二度とそのみっともない姿で現れないでッ!!』

自分と浅くない関わりを持った者は、人間であれ吸血鬼であれ皆死んでしまう。
まばたきを繰り返す間のような、短い時間の中でしか一緒にいられず。これからだと思った矢先に、自分のもとを去ってしまう。
「……」
全ては自分の力がそうさせるのだろうか。
英人だって、自分がもっとしっかりしていたなら――彼の手をちゃんと引いていたなら、死ななかったかもしれない。
そして、自分が――
「……なんで。なんで思い出してくれないかなあ」
これほど過去が思い出せないことをもどかしく、そして憎く思ったことはなかった。
鍵は全てそこにあるのに。沙耶も、キースも、レンフィールドも、誰もが自分の知らない過去の出来事を知っており、その上で動いている。
だというのに、自分は今まで何一つ気にもとめなかった。今も何一つ思い出せない。
他人にああだったこうだったと説明を受けても、はっきりとした実感には変わらない。
「……」
知らないことは、それだけで罪になるのかもしれない。
一体どうすればいいのだろう。
知らない場所で勝手に話は進み、その中心に自分がいることにやっと気付いて、その先で決断をためらったがために仲間に拒絶され。
そもそも、自分のどこにそこまでの価値があるというのか。
吸血鬼だから?
それとも、沙耶達が言う『父』の子に生まれついたから?
顔すら覚えていないというのに、そんな父の面影を自分に重ね押し付けられてもどうしようもない。
「……人間に生まれてたら、よかったのに」
目の前には、ただどす黒い闇だけが広がっていた。



「……おかえり、なさい」
なつかしい部屋を離れた位置から見つめながら、真は自然とその言葉を呟いた。
真にとって、言うより言われるほうがはるかに多かった言葉。そして聞くと何より安心できた言葉。
「……ただいま」
一人で繰り返す意味のないやりとりに、同時に虚しさをも感じてしまう。
もう、その言葉をかけてくれる人はその場にいないというのに。あの時の場所に戻ればもしかしたら――そんな願いを抱いていた。
「……」
沙耶と桂の二人も、このようなやりとりを毎日交わしているのだろうか。
そうだとして、もしそのうちの一人がいなくなってしまったら残った一人は自分と同じようなことをするのだろうか。
誰も居ない真っ暗な部屋に向かって、ただいまを言うのだろうか。
待ち人が訪れることのない扉に向かって、おかえりなさいを言い続けるのだろうか。
そして何より。
心を許した存在を、自分はまた失ってしまうのか。また一人でこの世に残されてしまうのか。
「でも、それでも……私は……」



時を同じくして、闇夜を走る二人の姿があった。
「邪魔っ!」
目の前にいた人間に高い蹴りを食らわし、更に追い討ちをかけるようにして相手をその後方にいた人間めがけて突き飛ばす沙耶。
左手には刀が握られていたが、それは鞘にしっかりと収められたままだった。つまり、使用していなかった。
離れた位置に立つ桂が取り囲まれているのを確認し、段差を利用して素早く跳躍する。
そして、そのまま一人の人間の背後をめがけ飛び込み、転倒させたのちにそばにいた人影を空いている右腕で殴った。
「……」
行動に余裕ができた一瞬の間に、ちらりと誰もいない方向を見る。
「出てこないね、真くん」
沙耶が待っているのは、他の誰でもない真だった。桂にあれだけの叱咤を受けたとはいえ、まさか本当に逃げ出してしまうとは。
驚きや失望以前に、何も感想が出てこない。
「……来るものですか、あんな臆病者が」
そっけなく吐き捨て、右手に握ったナイフを振りかざす桂。彼女もそれなりに手加減しているらしく、派手に相手を傷つけることはない。
二人の攻撃は『相手を倒す』ことより、『相手の動きを封じる』ということに重点がおかれていた。
だが、人間達が気を失うそぶりはない。打たれても打たれても、よろよろと立ち上がってくる。
「さてさて、今宵はどうなることやら……」
「……ずっと私達でやってきたんだもの。今更、あんな奴がいなくても変わらない」
それぞれの夜は更けていく。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴