Under the Rose
16. ある男の話.2(2/2)
キースの死は、まるで霧がかったように満ちていた真の心の不安を何倍にも膨張させた。
わけのわからぬまま困惑し、ついにその感情は抱えきれる限界量を超える。
「……嫌」
「?」
「もう嫌……いつまでこんな事を続けろっていうの!?」
「真」
「なんなのよ、私が目当てって、わけわかんないわよ! もう……もうッ!!」
「……真くん。君が、」
「なによ、沙耶! 離してよ! 力がどうのこうのって、そんな意味のわからない事で命狙われるなんてもうごめんよッ!!」
昂ぶった感情をおさえる事ができずに声を荒げる真を見て、一瞬眉をひそめた沙耶。
真を止めようと振りほどかれたばかりの手を再度伸ばしかけたが
それよりも先に行動を起こした桂に気を取られ、すぐにその動きは止まった。
「……なによ」
自らの目の前に立った桂を見て、投げやりに呟く真――直後、受けた衝撃に押され、後ろへ尻餅をつくようにして転倒した。
真の服を引っ張るように掴んだ桂が、空いた右手で真を思い切り殴ったのだ。
その一発には手加減一つなかったらしく、倒れた真の口の端からはわずかに赤いものが流れ出す。
「おふざけも大概にしなさい、見苦しい」
いつも以上に刺刺しく、そして厳しく言い放つ。
「……」
「貴方、今がどういう状況なのか分かってるの?」
「そ、そんなこと言っても……私は……」
「黙りなさいッ!」
「っ!?」
場に響いた突然の叱咤に驚き、思わず大きく肩を震わせる真。
そのまま引け腰になったままで、目の前の桂へと複雑な視線を送る。
動揺や迷いが混じったその視線は、かえって桂の激昂を煽ることになったのだが、真はそのことに気が付かない。
「話にならないわ。真、やる気がないのならさっさと地の果てにでも逃げてしまいなさい。そして」
「……そして?」
「私達の前に、二度とみっともない姿で現れないでッ!!」
「……」
今の真には、桂のその言葉に返す言葉が見当たらなかった。
「よかったの? 桂」
いつにも増して不機嫌そうな雰囲気を漂わせながら、落ち着かないとばかりにそわそわと早足で先を歩いている桂に沙耶は問いかけてみた。
いつも一緒にいる彼女にしか分からないことだが、桂は何か思うことがあると途端に早足になる。
ちなみに自分では気が付かず、無意識の内の行動らしい。
「……」
沙耶の言葉が聞こえなかったわけではないらしく、返事の代わりに桂はわずかに歩く速度を落とした。
後ろを追っていた沙耶も、やっと表情がうかがえる距離まで近づく。
まとう雰囲気通り、黙り込んでいる彼女の表情は不機嫌そのものだった。
「桂?」
「許せないのよ……どうやっても手に入らないものを、私と違ってあいつは持ってるのに……」
どうやっても手に入らないもの。
桂の言うそれは、つまりは『純血』だということ。自分のように中途半端に交じり合い、どんなに努力を重ねても実力が
頭打ちになってしまう身体と比べて、真の身体にはそういった縛りがほとんどない。
吸血鬼の血族が自らを守るために身に付けた力というのは、本来はそれほど強いものなのだ。
そして、その力は身体の内を流れる血の中で形をほとんど変えることなく引き継がれてゆく。
――どれだけ傷を受けても立ち上がる自信はある。身体が壊れてしまうまで修練を重ねることも苦に感じない。
それでも。
それでも、手に入らないものを真は生まれながらに持ち合わせているのだ。
だというのに、心の中で勝手に生まれでた不安と恐怖に押され、ついには現実から目を背けた。
桂にとって、これほどもどかしく感じることはなかった。
「……生まれついたものだからね、あの力は。精神が追いつかなくても無理はない」
声に刺はないものの、皮肉めいた意味を込めて呟かれた一言。
二人がどれだけ必死になっても手に入らないものを、真はさも当たり前のように持ち合わせている。
きっと、生まれながらに持ったその力がこの人間の世界ではいかに圧倒的かということを、知りもしないし疑問にも思わないのだろう。
「私も、真みたいに純血でありたかった」
「……」
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴