小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Under the Rose

INDEX|57ページ/68ページ|

次のページ前のページ
 

そんな二人の事などまるで視界に入っていないかのように、沙耶は衝撃によろけたキースを突き飛ばし
自らの刀をその場に投げ落としたのちに硬く冷たい壁へとキースを力任せに叩きつけた。
「どこかで見たような顔だと思ったら、キース! お前が、お前がそうだったのかッ!!」
普段のマイペースな彼女とはまったく違う、感情を剥き出しにし激昂する――まるで獣のような沙耶。
壁に押しやったままキースを解放することもなく、逆に追い詰めるようにしてその顔を思い切り殴打する。
それも、一回や二回ではない。
我を失ったかのように、沙耶はキースを殴り続ける。
「よくも、よくも父上を裏切ったなッ!! お前さえいなければッ!!」
「……さ」
止めなければと思い、名を呼ぼうとした真。だが、それは言葉にならないままで沙耶の怒号にかき消えてしまう。
「お前が家を裏切らなければあのような事にはならなかったというのにッ! 何故裏切った!?」
「……」
沙耶の言葉に、キースは何も応えない。
かといって言葉以外の抵抗を見せることもなく、ただされるがままに身を任せている。
「この日まで私がどのような思いを抱いていたか、お前にはわかるのか……なぁ、どうなんだ! 答えろ、キースッ!!」
「さ……沙耶! やめなさい、沙耶ッ!!」
その時、何度目かにしてやっと真の口がきちんとした名前をつむいだ。沙耶の腕にぶつからないように見計らいながら近づき
背後から相手の身体を羽交い絞めにしようとする。だが、沙耶はそうして近づいてきた真にも容赦せず抵抗をはじめたために
すぐに彼女を止めることは難しかった。
「お前が父を殺したんだ! だから私がお前を殺す……殺してやるッ!」
「聞こえないの!? もう十分だからやめなさいっ!! これ以上続けなくても、これだけされたらもう生きてられない!」
「ね、ねえ……ねえさん……一体どうしちゃったの……?」
「やめて、もうやめなさいってば!! お願い、やめてッ!!」
「……構わない」
何度も傷つき治癒能力が落ちてしまい、口の端に血のにじんだ傷を残したままで弱々しく呟くキース。
まっすぐに立つ力もすでに残っていないらしく、沙耶の手が自らの身体から離れた途端に、力なくずるりと壁によりかかるようにして倒れた。
無我夢中の行動で、真はキースを自らの両手で抱き上げる。
「今の言葉を聞いて分かった。あの夜死んだかと思っていたが、生きていたとはな」
その言葉はすぐそばの真ではなく、沙耶へと向けられたものだった。そして、直後に短く何かを呟く。
誰かの名前のようなそんな一言だったが、真と桂にはそれが何を意味する言葉なのか理解できなかった。
「……やめろ。その名で私を呼ぶな」
吐き捨てるが、その小さすぎる呟きは誰の耳にも届かない。
「……」
「真、お前も同じだ……今だから言える。お前は本当に父そっくりだ。その顔も、声も、何もかもが」
「どういうこと?」
「私はかつて、お前の父に一番近い場所にいた」
「……」
「……何かある度に、あいつはよくこう口にしていた。『私は君を信じている』と」
淡々とキースが昔話にも近い呟きをはじめている最中も、彼の背後の傷からは絶えず血が流れ出ている。
それは真の腕を濡らし、やがては乾いた地面へと滴っていった。
このままでは間違いなく死ぬ。だというのに、当の本人はこれ以上ないほどに冷静だった。
まるで、この瞬間を予感し――それを心のどこかで望んでいたかのように。
「キース」
「私はずっと謝りたかった。気持ちはどうであれ、あいつの信頼を裏切ることになってしまったことを」
「……」
「……すまない、お前達には何一つ関係のないことだ」
「いいわ、続けて」
迷わず話の続きを要求する真。
そばで厳しい表情のまま立つ沙耶も、その後方に立ち尽くしている桂もその言葉をただじっと聞くだけだった。
「あいつに、私は許しを乞いたい」
「……ええ」
「許して、くれるのか?」
「わからない。私は、父さんの顔も知らないくらいだもの……あなたを許せる立場じゃない。でも」
「……でも?」
「私は、あなたを信じている」
「……。ああ」
表情こそ真剣そのものだが、真のその言葉は本心からのものではなかった。かといって偽りというわけでもなく
キースへの気遣いが半分と、そして残るは彼自身の正直さが半分。
似た姿、似た声――そしてかつての親友と同じ血を流している真からの待ち望んでいた言葉を受け取ったキースは
安心したように、静かにその両の目を閉じた。
「……父上」
動かなくなったキースを見つめたままで、自身の中で交じり合う複雑な思いを唇で噛みしめる沙耶。
そんな沙耶を。
はじめて見た、自らの知らない一面をあらわにした沙耶を見て、桂は言葉を詰まらせていた。
重苦しい空気の中で、涙を両目にためながらキースを強く抱きしめる真。
「また、私の胸の中で死んじゃうのね……みんな、そうなのね……」


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴