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Under the Rose

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16. ある男の話.2(1/2)



「はじめまして、お兄さん。僕の名前はレンフィールドっていうんだけど……呼びにくかったら、レンでいいよ」
「ご丁寧にどうも。私は真――ってとうの昔にそんなこと知ってるだろうけど」
「うん」
目の前に立つ、レンフィールドと名乗ったその吸血鬼は、癖一つないまっすぐな金髪が印象的な少年だった。
端正な顔立ちをしており、背はあまり高くない。
ただし、普通の子どもと違う点を見つけろと言われたなら、おそらくそれはいくらでも見つかる。
真をまっすぐ見つめる目には、感情がない。
吸血鬼特有のいわゆる『生気のない目』をしている彼の視線はぼんやりとしていて、それでいて冷たい。
見た目の整いもあいあまって、まるでよく出来た人形かなにかのようだ。
「で、この一件……穏やかにすましてはくれないの?」
「そうだなぁ。三つくらい僕のお願い聞いてくれたら、いいよ」
「……。一つ目は?」
「君の血が欲しい」
言い終えないうちに、レンは足りない身長を背伸びすることで補いながら真の首に手を回し、その首元へと顔を近づけた。
途端に真の全身に走る不快感。
視覚でも、聴覚でも、触覚でもなんでもなく――自分の第六感が、警鐘を鳴らしている。
そして、真の思考がその危険信号をはっきりととらえる前に、すでに身体は動き出していた。
「離してッ!!」
牙が肌に届く直前、密着していたレンを力づくで引き剥がし突き飛ばす真。
そのまま横をすり抜けるようにして駆け出し、その場から逃げ出した。



「ッ……あいつ、もか……あいつも僕を拒絶するのか」
怒りに満ちた瞳に映す、強い怨恨。
「レンフィールド様」
「キース、あいつを殺せッ! あいつも、あいつの仲間とやらも全部殺してしまえ!」
「どうか冷静に、レンフィールド様」
「揃いに揃って僕を拒むなんて……そんな血は根絶やしにしてやる! あいつを追え……逃がすな」
「……」
「聞いているのか、キースッ!!」
「……はい」


闇の中に溶けるように、確実に後方から距離を詰めてくる気配。
それがキースのものであるということに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「(早い……けど、一人)」
相手が追ってくることは予想していたが、レンフィールドが追ってこないのには多少の違和感が残る。
自分を追うことなど一人で十分だと思われているのだろうか、真は少しの安堵を感じた。
現実どう思われているにせよ、二人より一人のほうがずっといい。
しばらく走った後、辺りがよく見渡せる場所で真は止まった。
コートからナイフを出し、ぎこちなく右手で握る。


「……?」
怪訝そうな顔を浮かべる追跡者。
相手の気配は確かに今立っている辺りで止まったはずなのに、肝心な姿がどこにも見当たらない。
あるのは静寂だけ。
「……上かっ!!」
「げ、バレた!?」
キースの頭上には、上からの奇襲攻撃を狙った真の姿。
どうやら高所に上った後に、その地点から大きく跳躍したらしい。思っていたよりもずっと早く察知され、空中で焦るそぶり。
そのまま互いのナイフの刃と刃がぶつかり、その音が辺りに響く。
「手加減はしない!」
「こちらこそ!」
真が直接キース本人と対峙したのは、思い返してみれば今この時がはじめてだった。
さすがに吸血鬼なだけあり、素早い上に動きにほとんど無駄がない。確実に真を押しやり、自らの防御も徹底している。
どちらかというと受け身寄りにも見えるが、手加減をしているそぶりは感じられない。
直接渡り合っていては、いつか押し負けてしまう。
そう考えた真は一旦距離を置き、手に持っているナイフとは別に、それよりももっと小型のナイフを数本取り出した。
器用にそれを持ち直した後、一瞬のフェイントをかけてから投擲する。
当たろうが避けられようが関係ない。
投げたナイフに少しでも意識がいってくれさえすれば、行動に対して十分すぎるほどの代価が返って来る。
「逃がさないッ!」わずかな隙を突いて、真は両手で握ったナイフを刺突するようにしてキースへと向けた。
だが、直後に彼はその選択を後悔することになる。
体勢を取り直し、普通の反応とは違う構えを見せるキース。それはカウンターを狙ってのものだった。
刺すという行為は、切りつけることに比べ傷の深さこそ段違いに増すが――かわりに動作の隙が大きい。
慌てて後退しようとするが、身体の反応が間に合わない。
「――――」
間違いなく来るだろうと思っていた衝撃は、真の元へ訪れることはなかった。
そのかわり、自身の両手から伝わってくる手ごたえ。
それに狂いはなく、真のナイフは確かにキースの腹部に刺さっている。
一体何が起こったのか、真には想像もつかなかった。
真の動きを、まさか反撃の構えをとって待ち構えていたキースが予測できていないはずがない。
全てが決まる一瞬の間、他の誰でもないキース本人が何かをためらってしまったような、そんな予想外の現状がそこにある。
「……人間の世界に埋もれてもなお、その身体は我々と同じか」
真が引き抜こうとしたナイフの刃を掴みながら、低く呟くキース。
この状態ではナイフを抜くことはできない。諦め、手離した後に迷う時間もなく真は後退した。
コートにしのばせてあるスローイングナイフの残りを手で確認し、触れたままで更にもう一歩下がる。
「……」
動かない両者の間にただよう、重い静寂。
それを引き裂いたのは、真でもキースでもなかった。夜の闇にまぎれやってくる、二人以外の何者かの気配。
同時に、遠くから慌ただしく聞こえてくる足音。段々とこちらへ近づいてくるそれは、一人ではない。
二人。
ほどなくして、その気配の主達は真達の前に姿を現した。
「真!」
一人は焦げ茶色の髪を腰まで伸ばし、黒いコートを着込んでいる。
残る一人は肩までのショートカットに同じく黒のコート。
他の誰でもない、沙耶と桂がそこにいた。
「あ、あんたたち! またこうも良いタイミングに……」
「これだけ殺気を撒き散らしてれば、嫌でも分かるわよ」
「いつぞやの加勢か……さすがに分が悪いな」
「この状況じゃ逃げられないわよ、キース!」
「キース……?」
その名を聞いて、駆けつけたばかりの沙耶は表情を一変させた。
だが、その場にいる者はそのわずかな――それでいて確実な異変に、誰一人として気が付かない。
「沙耶っ!?」
変化から数秒遅れるようにして、真がやっとその違和感を感じ取った。
だが、その瞬間すでに事は始まってしまっていた。鞘から刀を抜き、真と対峙しているキースへと一直線に駆け出す沙耶。
名前を呼んだ真は、思わず彼女の血走った目とただならぬ殺気に意識を奪われてしまった。
そして、それは背後に迫る気配に気付いたキースも同様で。
「――――」
鋭い刃は、黒いコートをいとも簡単に裂いた後その向こうの肉体までも深く傷つけた。
一瞬のはずなのに、全てがゆっくりと進んでゆく。
相手を傷つけることをためらっていた真も、姉を追うようにして遅れて駆けつけた桂も、ただ目を見開いて驚くことしかできない。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴