Under the Rose
13. エトランゼ(2/3)
その頃、二人がどんな話をしているかも知らずに桂は街を歩いていた。
本当なら沙耶と一緒に真と合流するつもりだったのだが、
『話があるんだ。だから、ね』
とやんわり同行を断られ一人残ってしまった。まっすぐ家に戻るのも癪だったので、あても無くふらふらと歩き回っている。
「ねーねー、それってこないだ出た機種でしょ。ほんっと携帯マニアだねー」
「あはは、わかるぅ? カレにねだってお金出してもらったのぉ」
桂の少し前を歩く少女二人が、楽しげに笑い合っている。普段は流行も常識も何ひとつ興味がない桂。
こうやって一人で街を歩きながら、周りに嫌というほどいる人間達の会話を聞いても特に何とも思わない。
今年の流行りはどうだの、会社で上司がどうだの、同じクラスの誰がどうだの、ニュースがどうだの。
全ては桂にとって関係のないことだった。
世界がどう動こうが、自分と自分のそばにいる姉にとってはそう大事なことでもないのだ。
物価が高くなってもほとんど買わないので関係ない。人間の考えがどう変わろうが自分達にはまったく関係ない。
「(……)」
ない、はずだった。
別に人間達の話題に興味がいったわけではない。会話を横で耳に入れているうちに、桂の気持ちが多少動いただけだ。
だが、それはそうそうあることではなかった。
「(……寂しい)」
姉のいない今は、桂は多くの人間の中で一人ぼっち。
世界中どこを探しても、『人間ではないが吸血鬼でもない』――そんな中途半端な存在は見つからない。
自分だけなのだ。
自分と、姉しかいないのだ。
もし姉に見捨てられ、今のように一人で街に投げ出されたなら――その時はもう、何も残らない。
「姉さん……」
胸が痛んだ。辺りを見渡し姉の姿を探すが、そこに居るのは人間ばかり。
大げさだと自分でもわかっているのに、涙が出そうだった。
少しばかり別行動をとっているだけなのに、これだけ姉の姿が恋しいと思ったことは滅多になかった。
「姉さん、ねえさん……」
早足で人の波の中へ割って入り、いるはずもない姉を探す。こんなに多くの人間が集まっているのに、自らを知っている存在は誰一人としていない。
誰でもいい。
誰でもいいわけはないが、自分を知っているなら。知っているなら、今は誰だっていい。
あの忌まわしい黒髪の吸血鬼でも、今だけは構わない。
誰か。
誰か――――
「……さん」
進んだ先。
人もまばらになった広場で、コートの裾を引っ張られ、桂はわずかな期待を持って振り返った。
「え……」
目の前に一人、人間が立っていた。
淡い、銀色にも近い金髪が美しい少年。年齢はおよそ十六、十七といったところだろうか。
小学生かと思うほどの背丈で、細身にコートを着込んでいる。
「失礼。お姉さん、この近くに病院はありませんか? ……あ、いや、ただ目印にしているだけで怪我人がいるわけではないのですけど」
幼い外見に似合わない、言ってしまえばませた口調。
しかし、その話しぶりはどこか慣れているようだった。いつもそういった口調で喋っているのかもしれない。
「あ、ああ……そこの角を曲がってしばらく行けば、大きいから見えてくると思うけど……」
「ありがとう」
「何?」
「何かの縁だからと思って、握手」
白く小さな手を差し出し、にっこりと微笑む少年。意味を理解した桂は、その手を軽く握った。
そう長くもない、軽い握手だった。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴