Under the Rose
13. エトランゼ(1/3)
真ら三人が再会し、一時的な結束を行ってから数日が経過した。
その夜以降キースやその取り巻きの者達が姿を現すこともなく、それどころかわずかな動き一つ浮かばない。
「真くん、顔色悪いね。だいじょぶ?」
「いい、私のことはいいから、早くしまって……」
「しまう?」
「それ、それよ! お願いだからその刀しまってよ!」
顔を苦しげに歪ませ、頭を抱えながら片方の手で指差すのは沙耶が持っている刀。
鞘から抜かれたそれは、刀身に鈍い輝きを宿している。まめに手入れされているのか、錆びという錆びは見当たらない。
「っと、はい。しまったよ」
少し離れた位置にいる真に向かって、鞘におさめた刀を見せつけるようにして掲げる沙耶。
それを確認してもなお、真はその表情を元には戻さなかった。
頭を抱えていた手は離したが、気分がよくなるにはしばらくの時間を要するらしい。
「そんなヘタしたら呪われそうなブツ、持って歩かないでよ……」
「そうは言うけどね、真くん。君みたいな吸血鬼と正面からやりあったら、下手すると死んじゃうんだよ」
「……? けど、あなたも吸血鬼なんでしょう? それだけ強いなら大抵は押し切れるでしょうに」
「んーとね。真くん、ナイフ貸して」
「え? ああ、どうぞ」
「ん」
受け取るなり、沙耶はその鋭い刃を何のためらいもなく自分の腕に走らせた。
肌が裂けた部分からはみるみる血が溢れ、流れ落ちていく。いつもなら『もったいない』などと思う真だったが
今回だけは様子が違っていた。
「ねえちょっと、沙耶。傷がふさがらないんだけど」
「もう少し見てて」
「……どういうこと?」
「君みたいなのを純血というなら、さしずめ私は半端者ってとこ。流れている血は君と同じだけど、身体は人間のものだよ」
「……?」
「だから大怪我でもしたらすぐに死ぬね」
「ふぅん」
「自分が死ぬのはいいけど、一緒にいる桂が怪我でもしたら大変だから。だからね、一緒に行動してる君にも受け入れて欲しくてさっき説明したんだよ」
先ほどまで二人が交わしていた話。
それは、沙耶が所有している刀の事だった。
『これで斬られた真くんなら分かると思うけど、この刀は特別なんだよ』
『あの時……まるで、太陽に焼かれたみたいだった』
『人間に対しては普通らしいんだけどね。吸血鬼だと、傷がまるで腐るように焼けただれていく』
見かけは普通の――といっても真は日本刀というものを今まで実際に
目にしたことがなかったのだが、刃がついた武器には違いない。
人間には特別な反応が見られないところを見るに、刃に毒の類が塗られているわけでもなさそうだった。
だが、沙耶の言葉通り『実際に斬られた』真はその刀が普通のものとは違うことを嫌でも思い知らされている。
普通の切り傷であればしばらく放っておくだけで塞がるが、沙耶が持つ刀で傷つけられた部分はそうはいかない。
治癒しないだけならまだしも、その傷口は激しい痛みとともにただれていく。
確かに、吸血鬼を相手にするのならこれ以上ないくらいの武器――そして切り札にもなる。
ただし真からすると、力強い味方と思うべきかはたまたその反対か微妙に判断しかねるものなのだが。
『真くん、持ってみる?』
『げっ、冗談よしてよ。見るだけでも気分悪いのに、持つなんてとんでもない! 手が焦げ落ちちゃう』
『だろうね』
『だろうねって……』
『昔、桂がこの刀を振るおうとしたことがあってね。あっという間に両腕がダメになったよ』
『……』
『指先から肩まで火傷が走っていった。それでも手離さなかったから、腕がみるみる赤黒くなった。最終的に桂が錯乱しはじめたから、焼け落ちはしなかったけどね。その時の傷が残ってるから、桂の両腕は今も完全に機能しない』
『錯乱……?』
『桂は純血へのコンプレックスが強くてね。たまに正気を失っちゃうんだ』
発言の後、沙耶は『そう、君と勝負をした時もそうだ』と付け足した。
勝負をした時。
つまりは、十年前に二人と真がお互いに目的を賭け行った鬼ごっこという名の狩りの事である。
十年という月日が経っていても、真の中にはその時の記憶が鮮やかに残っていた。思い出そうとすれば、まるで昨日のことのように蘇る。
そして、その中で思い当たる部分といえば一つだった。
真が二度目に桂を追い詰めた時、彼女の様子は明らかにおかしかった。
戦意もなく、がたがたと震えながら頭を抱え、その瞳は一点を見ることなく何かにひどく脅えていた。
そして、自分が彼女と目を合わせた途端――彼女を覆っていた脅えや敵意、生きているものには必ずある感情の彩りが、一瞬にして途絶えた。
『大抵は暴れるけど、その時はそこまでいかなかったんだろうね。まあ、そういう事でこの刀は桂には扱えないんだ。でも、不思議なことに自分には扱える。 手も焼けやしないし、気分も悪くならない。まるで刀が持ち主を選んでいるみたいだ』
『……』
『大丈夫なのが今だけでも、わたしは構わない。桂を守るためならどんなことだってする……真くん、もし君とこれから再び敵対することがあれば、その時は迷わずにこの刀を君に向けるだろうよ』
刃をすっと真のいる方へ突き立て、冷たく言い放つ沙耶。
彼女の言う通り、刀を握っているその左手に傷が生まれる様子はない。『刀が持ち主を選んでいる』という一言も、まるで
おとぎ話かなにかに出てくるような刀の特殊さも、今目の前で彼女を見ている真の中ではまったく違和感がなかった。
『沙耶、』
『状況が変わった『いつか』が来た時には』
『……沙耶?』
『私は君を殺す』
双子だというのに、怒りであれなんであれ感情をはっきりと表に出す桂とは沙耶は正反対だった。
真に鈍く輝く刃をつきつけ、浮かべている表情は喜怒哀楽のどれにも当てはまらない。
そこには何もなかった。
ただ、機械のように無表情なままで――はっきりとした殺意だけを、その刀に映し出していた。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴