Under the Rose
12. 円環(2/2)
真の耳の真横で、何かが風を切る音がした。
軽い絶望を覚えながら、頭を抱える両腕の力を強めたが、いつまでたってもそれ以降の変化がない。
「誰だッ!?」
続いて、キースの声が響く。
「え……?」
何かがおかしいと、おそるおそる目を開ける真。キースを含めたその場にいる全ての人間達は、ある一点を見つめていた。
現在の地点から比べると随分な高さがある段差の上で、誰かが立っていた。
一人は刀、残る一人は真が得意とするような小型のスローイングナイフを手に持っている。
「ご機嫌いかがかしら? 久しいわね、吸血鬼!」
その声には聞き覚えがあった。
そして、姿にも。
相変わらずの対照的な髪型、そして表情。
「あーっ! あんたたち!!」
思いがけない突然の再会に、驚きと多少の喜びを隠せない様子の真。
立っているうちの一人――桂は、十年ぶりに会った真と自らの記憶の中の真とにギャップを感じ
一瞬顔をしかめたが、そんな事を考えていられる状況ではないとすぐにその疑問を引っ込めた。
「仲間か……かまわん、やってしまえ!」
言い放つキース。突如現れた沙耶と桂を見上げながら、わずかにその表情をゆがめる。
「真くーん、今そっち行くからそれまでがんばってね」
何年経とうと相変わらずの、緊張感のない沙耶の声。
ハンター側ではなく真側についているのは、彼女らなりに何かしら理由あってのことのようだった。
真もその場では詮索せず、周囲にいた人間達へ向けナイフを抜いた。
状況は、キースが思っていたものとは違う方向へと傾きはじめていた。
真の加勢として現れた二人の実力が、予想をはるかに超えていたのだ。
さすがに一方的に押されるということはないが
優勢だった先ほどから、だんだんと劣勢に押しやられているのは明らかな事実だった。
「止めろ!」
一人、また一人――そして配下の半分が気を失い倒れたところで、ようやくキースは命令を取り消した。
交戦していた人間が引くと同時に、真ら三人も攻めの手を休める。ただし、構えることだけはやめなかった。
「……さて、吸血鬼のおじさん。どうするつもりかな?」
「若い娘。私が吸血鬼だとよく見破ったな」
「目を見れば同族だってことくらいわかるよ」
「それもそうだ」
ふふ、とお互い軽い笑みを漏らす。沙耶の隣にいた桂は気付いていなかったようで、二人の間で視線を
右往左往させてはまばたきを繰り返していた。
「え、ちょっと待って? 何、同族ってどういうこと!? ……うぐっ」
桂以上に驚いた様子の真。疑問を口にした直後に、背後から何者かに押さえつけられ苦しげに声を漏らす。
「真くん!」
瞬間移動にも近い速度で、キースが真の背後へと動いていた。
真が持つナイフを力ずくでその手から落とし、そのまま片腕で首を締め上げるようにして、もう片方の手で
残った仲間へ合図を送る。
「……」
「はわー」
沙耶と桂、それぞれの首元にナイフが突きつけられた。二人はそんなに焦っているようでもなかったが、かといって抵抗することもない。
武器を手放せとも言われなかったため、そのまま棒立ち状態となった。
「決断しろ。こちらへ来い、真」
拘束する力を弱めないまま、キースが問う。
「……」
「来るのならそこにいる二人の安全は保障しよう」
「そちらが手の内を明かさない以上は、応じられない」
「……そうか」
あっけない返事だった。
二択を迫るというよりは強制に近かったというのに、キースはその返事に素直に頷く。
真にまわされていた腕も離れ、同時に沙耶と桂を拘束していた人間達も二人から離れた。
「キース?」
「……。全ては主の判断だ」
「あ、あんた達ぃー! 聞き逃さなかったわよ、吸血鬼ってどういうことよ!」
「……なんだか、雰囲気変わったわね」
「そんなこたどーでもいいじゃないのよ! 答えなさいってば!」
キース達が去った後で、質問の答えを急かすようにじたばたと騒ぎ立てる真。
そして、そんな真を見てあきれ果てている桂。
「あはは。実は吸血鬼だったのでした」
「……あの時私の姿がちゃんと見えていたのも、同族だから暗示が効きづらかったってことなのね」
「ま、そういうことだね」
「それはそうとして、何で私を助けたの?」
「ああ。その事で一つ言っておくけどね、勘違いしないで頂戴。私達はあなたと仲良く手を繋ぐ気なんてさらさらないのだから」
「ふぅん」
「利害の一致ってやつだね」
「そう。そしてあいつらを片付けたら――次は貴方の番よ」
忌々しいとばかりに真を睨み、『近寄らないで』と言いたげに舌打ちをする桂。
いまだに彼女の内には十年前の一件がくすぶっているらしく、苛立っているのは一目見ても明らかである。
「一時休戦って言いたいのね。ま、いいわよ。助けてもらった恩もあるし」
互いに色々と事情が重なり、だからこそ今のような状況になっているのだろう。
二人が自分を騙しているような様子もない――となれば、必要以上に探りを入れる必要はないと真は判断した。
それに、沙耶と桂が抱えている事情うんぬん以前に、自分が置かれている状況すら何一つわからないのだ。
思うことはあれど、今はただ流れに身を任せるより他にない。
停滞していた三人の縁が、再び動きを見せようとしていた。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴